第七十六回 躍動する者、暗躍する者

 王倫おうりん晁蓋ちょうがい呉用ごよう。それに湯隆とうりゅう孟康もうこうが集まっている。しかし話の中心はこの中の誰でもなく、この面子めんつの真ん中で考え出した道具の説明をしている桃香とうか瓢姫ひょうきであった。


「なるほど。それが上手うまくいけば大幅おおはば労力ろうりょく削減さくげん見込みこめるな」

「でしょ!」

「……むふー」


 王倫は彼女らに激甘げきあまだ。晁蓋が言う。


「最初に運用うんようするための準備に労力が必要となりますな」

水資源みずしげん安定供給あんていきょうきゅう価値かちがあるとそれがしも思います。上から井戸いどわけでもなく下から上に水を運ぼうとは中々なかなか着想ちゃくそう


 呉用も感心している。


「これがまーま達の助けになるといいな」

「……私もそう思う」


 梁山泊りょうざんぱく大人達おとなたちが感じ入った理由のひとつがこれだ。下層かそうから水を運ぶ時がある母親がわりの者達に喜んでもらいたい。その一心いっしんから道具の思いつきにまでいたったその純粋じゅんすいさは、彼らが忘れてしまっていた何かを思い起こさせた。


「で、肝心かんじんかなめな部分なのだが実現じつげんは出来そうかな? 孟康、湯隆」

「基本的な構造こうぞうは難しくありません。工程こうていで問題が出るかもしれませんが、もしかすると他へも応用おうようできる技術になる可能性もありそうです」

「よし、人手ひとでは回そう。しばらくそちらの方を頼みたい」

「お任せ下さい!」


 もしこの技術が人々の生活を向上こうじょうさせるものなら積極的せっきょくてきに梁山泊内で広めるつもりだ。


「二人共、お手柄てがらだったぞ。また何か思いついた時は教えてくれ」

「えへへー」

「任せて」


 王倫は二人の頭をなでながら聞く。


「水は高い所から低い所へ流れるもの。その逆を考えつくとはなぁ。なぜそんな事に気が付いたのだ?」

「んー。ひょうきのおかげ」

「ほう。そうなのか瓢姫?」

「……たぶん林せんせいのおかげ?」

「な、何? 林冲りんちゅうの?」


 当然林冲は何も知らなかった。



 数日後、梁山泊に一人の男が現れる。男の名は戴宗たいそう


 ※戴宗

 江州こうしゅう牢役人ろうやくにんかしらをしており神行法しんこうほうという足が速くなる道術どうじゅつの使い手で道士どうしでもあった。あだ名はそこに由来ゆらいする神行太保しんこうたいほう


 長身ちょうしん痩躯そうく、頭のはちが大きい。飄々ひょうひょうとしたところがある義侠心ぎきょうしんの強い人物だがぞくっぽい所もある。呉用とは古くからの友人。



 江州に宋江そうこうが流されるとなった時にそこの牢役人だった戴宗に彼の世話を頼んだ。宋江の名声めいせいを知っていた彼はすぐに意気投合いきとうごう。子分の李逵りきという男ともども宋江と行動するようになっていた。


 ※神行法

 この術は呪力じゅりょくをこめた護符ごふを足にくくりつけることにより、人並みはずれた速度で走ることが可能となるというもので、両足に1枚づつ護符を貼《は

 》れば一日で五百里(約二七五キロメートル)、二枚づつ貼れば八百里(約四四○キロメートル)を駆けることができる。


 彼はその能力のうりょくから江州知事の蔡得章さいとくしょう飛脚ひきゃくとしても重宝ちょうほうされていた。


 梁山泊へは定期的ていきてきに宋江の様子や、その彼を良く思わない者達の動向どうこうなどを伝えに来ていたのである。その為王倫や晁蓋達との面会は変わった話もないので時間もかからなかった。


「では引き続き宋江殿の事をお頼みします。これはその為の費用ひようです」

「いつもすみません。確かにおあずかりします」


 しかし彼自身は個人的に呉用から色々頼まれていたので、夜は呉用に招待しょうたいされている姿すがたよそおい彼の家をたずねる。


 そこにはすでに呉用の他に公孫勝こうそんしょう孔明こうめい孔亮こうりょう金大堅きんたいけん蕭譲しょうじょうがいた。


「待っていたぞ戴宗」

「これは皆さんおそろいで」


 すでに何度か会合かいごうしているのでみな気軽きがるに言葉をわす。戴宗は丸い机の自分の席につく。そこは呉用の席のとなりだ。


「さあ、我々われわれの計画を進めよう」


 呉用がするど眼差まなざしを皆に向けて言った。

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