第五十五回 成長と悪戯

 桃香とうか瓢姫ひょうき梁山泊りょうざんぱくせいを受けて二ヶ月。人で言うとすで一歳児いっさいじと変わらぬ成長をげていた。自分で歩くようになり短い言葉を話す事もできる。好奇心こうきしん旺盛おうせいでこの二人を梁山泊の皆は大層たいそう可愛かわいがった。


 その人とはちが成長過程せいちょうかていから仙人の子であると信じられ、梁山泊に隆盛りゅうせいをもたらす存在としてあがめる者もいる。


 二人ともあまり手間てまをかけさせないのは変わらずで、桃香は感情かんじょうゆたかでおだやか。良く自分なりに何事かをしゃべっているようで花や植物、梁山泊の生き物に関心かんしんを持ち、中でもとりがお気に入りの様だった。


 瓢姫は言葉はあまり話さないものの、一歳児いっさいじ相当そうとうの女の子にしては力が強く手先てさき器用きよう傾向けいこうがあった。興味きょうみは女の子らしいとは言えず、林冲りんちゅう達の武芸の稽古けいこ花栄かえいの弓の修練しゅうれんなどをきずに見ている事が多く、お気に入りの動物は馬とくるものだから林冲達からこれは将来武術の達人間違いなしと太鼓判たいこばんを押され皆を笑顔にしていた。


 花栄達が梁山泊に加わってまだ日も浅いものの皆と打ち解けるのは早く、軍師の呉用ごようは現在二人の人物を梁山泊に迎える為に動いている。一人は金大堅きんたいけんと言い、済州さいしゅう名高なだか石刻せっこく職人しょくにん


 もう一人は蕭譲しょうじょうと言って済州の書生しょせい。どんな書体しょたい筆跡ひっせきでも真似まねが出来るとうわさされ、聖手書生せいしゅしょせいとあだ名される。


 呉用は王倫おうりんからある話を聞かされた時、この二人の噂を思い出し今後梁山泊に役立ってくれるかもしれないと考え使いを出したのだ。


 また元水銀商人の郭盛かくせいから探している孟康もうこう滄洲そうしゅうよりさらに北の飲馬川いんばせん盗賊とうぞくをやっていると聞いた事があるとの情報も得た。


 こちらは王倫が対応たいおうし、手紙を書いて手下に持たせて派遣はけんした。王倫の話はこの『手紙』と関係がないとは言えず、それがきっかけで呉用は金大堅と蕭譲の事を思い出したのだ。



「読み書きの浸透しんとう……ですか?」

「そうだ」


 王倫は副首領の晁蓋ちょうがい、軍師の呉用、機密きみつつかさど公孫勝こうそんしょうを集めて読み書きについて語った。頭目の中にも読み書きが出来ない者もおり、手下達にいたってはそれがさらに顕著けんちょあらわれている事を王倫は気にしていたのだ。


 集めた三人はごく自然に読み書きを行えるが、王倫に言われて覚えるのについやした労力ろうりょくを思い出す。


「皆が読み書き出来れば……そうだな、これを識字率しきじりつとでも言うか。現在は梁山泊全体でこの識字率がいちだとしよう。もしこれをじゅうに出来ればあらゆる面で梁山泊に有利ゆうりに働くとは思わぬか?」

「確かに用途ようとはいくらでも思いつきますが……」

一朝一夕いっちょういっせきで身に付くものではありませんしな……」


 王倫の案は理想論りそうろんに近いと思えた。考えは賛同さんどうできるが、実現には遠いのではないかと晁蓋達は思ったのだ。


「書く事よりは読む事の方が敷居しきいは低かろう」


 読む事が出来るなら書けずとも対応したいんでもあれば簡単な文書ぶんしょくらい作成さくせいできるだろうと王倫は言った。呉用はこの言葉で金大堅の存在そんざいを思い出す。


「文字を身に付けた者が増えれば、綿密めんみつな手紙のやり取りでこまかい連携れんけいが取れるし、何より今度はその者達が『教える事』を『仕事』に出来る」


 武芸に長けた者は林冲達に任せれば出てくる。しかし法が複雑化すれば文官に相当そうとうする者も多く必要だ。ならばいっそ育てる下地したじを用意してしまうのも面白いと王倫は言い、呉用は蕭譲に思い当たり梁山泊に関心のある学者がくしゃを呼ぶのはありかもしれないと伝え、それに王倫も同意した。


「後は皆の懸念けねんの通り、いかに本人の関心とやる気を引き出すかだがこれはひとつ考えがあるのだ」


 王倫は計画を打ち明ける。それは計画と言うより悪戯いたずらに近いものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る