第五十六回 それぞれの指標

 その場所は熱気ねっき渦巻うずまいていた。


「その時、関羽かんうけ出した。張飛ちょうひに振り下ろされた方天画戟ほうてんがげきを自らの青龍偃月刀せいりゅうえんげつとうで防ぎ、そのまま呂布りょふへの攻撃に加わる!

 それを見た長兄ちょうけい劉備りゅうびもすかさず馬を走らせ呂布対劉備三兄弟の構図こうずになった! だが呂布も三人を相手にしてなお持ちこたえたが疲れは明らか。とうとう赤兎馬せきとばめぐらし虎牢関ころうかんへと退却たいきゃくしていったのである!」


 最後さいごねつを持ってめくくる王倫おうりん


「と言った次第しだいで本日の三国志講談さんごくしこうだんはここまで」


 背負せおっている桃香とうか瓢姫ひょうきがきゃっきゃっとはしゃぐ。


「いやぁ呂布の強さは格別かくべつだなぁ」

「自分も小温候しょうおんこうと呼ばれるからにはもっと鍛錬たんれんはげまないと……」

「そうだな呂方りょほう。今のままでは張飛に例えられる豹子頭ひょうしとう殿どのにはとてもおよばないからな」

「言ったな郭盛かくせい!」

「わっはっは。俺は劉備三兄弟が首領しゅりょう林冲りんちゅう殿、楊志ようし殿にかぶって感情移入かんじょういにゅうしてしまう」

「わかるわかる。いやぁ面白い」

「うむ。首領が話し始めると二人の姫君ひめぎみもまるで聞き入っているかのように静かになるからな」


 王倫は連日れんじつ講談こうだんおこなっていた。梁山泊の中にはあだ名が昔の英雄えいゆう豪傑ごうけつたとえられている者がおり、中でも三国志の登場人物が多かったため、みな興味きょうみを引くだろうとこの作品を『読み聞かせ』ていたのだ。


 梁山泊は発展度合はってんどあいに対して娯楽ごらくが少ない。そこで王倫がこれを新たな娯楽として仕掛しかけた。みなねらい通りすぐに話に夢中になったが、一度に聞ける話には当然とうぜん限界げんかいがある。だが中には続きが気になって仕方がないという面々めんめんが少なからずいた。梁山泊にはせっかちな者も多いのだ。


 王倫はその者達に『文字を覚えれば』原作げんさくを貸し出すので好きなだけ読んでかまわない。世界が広がる事は間違まちがいないといた。


 その結果けっか一念発起いちねんほっきした者達が現れ、文字を教える役目を買って出た晁蓋ちょうがい呉用ごよう公孫勝こうそんしょうたずねるようになったのである。


 王倫の計画。最初は娯楽から興味きょうみを持たせて識字率しきじりつを上げ、そのまま学問がくもんつなげさせようとする狙いが当たった。


 特に呉下ごか阿蒙あもう故事こじ(呉の名将めいしょう呂蒙りょもうは武芸のみの男だったが主君に学問の大切さを説かれてはげみ、その成長に友人も驚いた)と、めい軍師ぐんし諸葛亮孔明しょかつりょうこうめいの様な名を持つ事を王倫から聞かされた孔明こうめい孔亮こうりょうの二人は大きな感銘かんめいを受けた。


 この二人は梁山泊に来て英雄、豪傑と言って遜色そんしょくない者達と出会い、自分達はただ短気なだけの半端者はんぱものなのではないかと考える様になっていたのである。


 何か変われるきっかけを探していた所によわい三十さんじゅうを過ぎて変われたという王倫にさとされ、彼や呉用達のもとへと足繁あししげく通うようになった。


 毛頭星もうとうせい独火星どっかせい。人にわざわいをもたらすという星は、人の役に立てる星へ変わる為の努力を始めようとしていたのだ。


 また呉用は呂方と郭盛の二人にこう説いた。


「呂布は確かに武にはひいでていたが、しいかながく軽視けいしした。この梁山泊は現在武も知もみがける状況にある。そなた達二人はもと商人しょうにんゆえに文字には強く計算も出来る。武芸だけではなく学問もおさめれば呂布を超える名将になれる資質ししつ十分じゅうぶんにあろう」


 梁山泊の軍師に見込みこまれて奮起ふんきしない訳がなく、二人は武芸だけではなく学問についてもおたがいを好敵手こうてきしゅ認識にんしきしあう仲になっていく。


 燕順えんじゅん家畜かちくの売り買いをしていた知識ちしきを買われ馬の購入こうにゅう専門せんもん獣医じゅういが来るまで動物の面倒めんどうを見る仕事にもたずさわる様になった。彼は梁山泊の為に良い馬を売り買いし、それだけでも結構な利益りえきを生み出す様になり王倫達に感謝かんしゃされる。


 鄭天寿ていてんじゅ美男子びだんしの外見と銀細工ぎんざいく職人しょくにんという事で、王倫は彼を重要な案件あんけんの使者をまかせられるのでないかと考えた。呉用は敵地てきちで情報を得るのにも向いているだろうともひょうする。梁山泊にはこれを任せられる専門の人材じんざいがまだいないので期待きたいされたかたちだ。



 だがその頃、父親が亡くなったと知らされ家に戻った宋江そうこうは、それが自分を呼び戻す為のうそだった事を聞かされ、その父親の説得せっとくにより自首じしゅする決意けついかためていた。

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