第五十七回 宋江、江州へ流される

 その梁山泊りょうざんぱく激震げきしんが走った。


宋江そうこう殿が自首じしゅしただと!?」


 ふく首領しゅりょう晁蓋ちょうがいはあまりの報告に呆然ぼうぜんとする。それは晁蓋だけではなく宋江と面識めんしきのある者はみなおなじ様な状態になった。それだけ寝耳ねみみに水だったのだろう。


 宋江の父親は逃亡した宋江の身を案じていたが、息子が殺してしまった女の唯一ゆいいつの身内が他界たかいしたと知り減刑げんけいを望めると考えた。そこで宋清そうせいかいして石勇せきゆううその手紙を渡して宋江を家へ呼び戻し、とうな生活を送らせる為に自首をすすめたのだ。本来ほんらい孝行者こうこうものの宋江は親の思いにこたえる決断をした。


「それで江州こうしゅうに流されるというのだな」


 当然宋江が刑を受ける事を良く思わない晁蓋や花栄かえいは宋江を奪還だっかんして梁山泊にむかえいれる案を提唱ていしょうする。王倫おうりんは宋江と面識めんしきがない事もあり、静かにきを見守っていた。


 王倫と似たような立場の者はやはり静観せいかんに回り、宋江を知る者からは救出すべしとの意見が多い。


「あ、あのぅ。それは早まった意見な気がします」


 みながそれを口にした者に注目する。


(ほう……)


 王倫は心の中で驚いた。その者が孔明こうめいだったからである。さきに救出派に賛同さんどうしてもおかしくない男だ。孔明の意見に弟の孔亮こうりょうも賛同する。


「俺……いや、私達兄弟も宋江殿にはお世話になりましたから助けたい気持ちはみんなと一緒です。しかし兄の言う様に助ける為に無茶むちゃをするのはまた違うような気がするのです」

「そうです。肝心かんじんの宋江殿の気持ちを無視しているんじゃないかと考えたんですが……」


 兄弟はそう説明するが相手は宋江の義兄弟の晁蓋や花栄だ。気圧けおされている感がいなめない。


「ではどうしろと言うのだ。こうしている間にも我らの恩人は江州に流されてしまうのだぞ!」

「え、えーと……それは……」


(やれやれ)


 王倫が見かねて口を開こうとした時、


それがしは孔明と孔亮の意見に聞くところありと考えます」

「先生!」

「軍師殿!」


 呉用ごようが初めて発言した。しかし彼が孔明と孔亮の肩を持った事に晁蓋達は意外そうな顔をしている。


「ここで宋江殿を無理やり救出すれば宋江殿の父親の顔にどろる事になります。宋江殿の性格ならそれを喜びはしないでしょう」


 宋江の性格と言われると皆思い当たるふしがあるのだろう。途端とたんに勢いが弱まっていく。


「確かに……それは……しかしだからと言ってだまっているというのも……」

「ええ。そこでまずは護送ごそうされる宋江殿に途中とちゅうでこの梁山泊に寄っていただき、その本心をたずねるのです」


 そこで宋江の沿った行動を取れば少なからず恩は返せると呉用は言った。この宋江の意をむのが大事という意見を出されては反対できる者はいない。


 晁蓋達が宋江を思ってというのは良く分かる事であったが、それが宋江の為になるかはまた別の問題だと伝わったからだ。孔明と孔亮もそこに気付いたものの、経験の差か上手うまく説明する事が出来なかった。なので呉用のこの弁舌べんぜつは二人へ大変な参考さんこうとなる。


「いかがでしょう首領?」


 もちろん王倫に反対する理由はない。


「もちろん私に異存いぞんはない。しかし仮にだ。もし宋江殿を救出するとしたら護送中をおそう事になったであろう?」


 晁蓋はわれうなずく。


「私は宋江殿と面識はないが、皆がそこまでしたう人物だ。そんな人物なら役人の中にも同じ様に慕い、彼の移動が少しでも楽になる様に護送の役目を買ってでる者がいるのではないか?」

「あ……」

「もし最初に威嚇いかくするため誰かを射殺いころし、一気いっきに護送役人を斬り捨てて宋江殿を救出したとしても、もしその者らがみずから志願した者達ならば宋江殿は自分をめ、決して我らの仲間にはならぬと私は考える」


 晁蓋も花栄もる話だとさとる。


「た、確かに。言われればむしろその可能性の方が高いように思えてきました」

「なので護送にあたる者の情報も調べ、慎重しんちょうに立ち回る事を心掛こころがけて行動すると良い結果にむすびつこう」


 王倫はこうべるとこのけんは呉用に一任いちにんすると伝えた。

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