第五十回 予知夢への対策

 王倫おうりんは夢を見た。ここのところ見ている同じ夢だ。だとするならこれは予知夢よちむという事になるのだろう。


(しかしこれが実現するとなると大変な事になるのは間違いない。混乱こんらんまねく前に手を打たねば)


 翌日よくじつおもった者を集めた王倫は梁山泊りょうざんぱく模型もけいを前に口を開く。


「しばらく食料調達班以外の者には全て開拓かいたく開墾かいこんに回って貰わねばならん。目的は家屋かおく田畑たはたを増やす事だ。これについて相談したい」


 対して呉用ごようが言う。


首領しゅりょう。現在家屋は余裕よゆうがある状態で空き家もあります。田畑に関してもみなを養うには十分開墾出来ていると思いますが」

「だがそれでは足りなくなるのだ。梁山泊の戦力は現在二千程だが、非戦闘員も増えつつあるのは皆も知っておろう」


 それには索超さくちょう同意どういする。北京大名府ほっけいだいめいふから移住いじゅうを希望する家族を連れて来た事があるからだ。


「今までは手下達を養えるだけの家屋と田畑で生活は成り立つと考えていたが、梁山泊の成長とでも言えばよいのか、これは私の予想を超えていたと言わざるを得ない」


 王倫は模型を指差しながら夢で見た内容を『予想』としてまじえて説明を始める。


「おそらくではあるが……この地の人口は近いうちに爆発的に増える。簡単に見積もっても今の倍にはなるかも知れん」

「ば、倍ですと!?」


 周囲がざわめく。


「それが事実ならば、首領の言われる通り早めに取り掛かった方がよろしいでしょうが……」


 呉用は自分の流したうわさが関係するかとも考えたが、それでもそこまでの人員じんいん流入りゅうにゅう影響えいきょうは出ないと判断はんだんして他の要因よういんさぐる。


「ワシは首領の判断に従いますぞ」


 公孫勝こうそんしょうが皆の前で言い切った。彼は師である羅真人らしんじんが王倫を買っているとさっしていたので、その師が認めた何かを無条件に信じ率先そっせんして援護えんごに回ったのだった。


「この地には繁栄はんえいきざしがすでに出ており、人が増えるのは元より明白めいはく。どの道必要ならやってしまっておいてもなんら問題ないと考えます。それに……今まで結果を出して来た首領の判断にとなえる者もおりますまい」


 この言葉が皆の中にストンと落ちる。


「確かに。義兄上あにうえが言うからにはそうなのでしょう」

「だな。何をどうすれば良いか言ってくれ義兄あにき!」


 皆の目がやる気になっていた。


「協力的でありがたい。では言うが、接点せってんのある村々むらむらのぞいて世間せけんからの我々われわれへの認識にんしきぞくである。だが事実を知る者からすればそれは呼称こしょうだけの事で我々はすでにその段階だんかいからは逸脱いつだつしている」

「はい。首領の定めた規律きりつに加えて林冲りんちゅう殿、楊志ようし殿、索超殿、周謹しゅうきん殿官軍出身の方が手下の練兵れんぺいになってくれたおかげでその質で言えば我らも官軍となんら遜色そんしょくありません」

「いやいや。官軍の中でも禁軍きんぐん出身の林冲殿や近衛このえ隊長たいちょうだった楊志がいるんだ。俺の知る限りならその辺の官軍じゃ相手にならん」


 索超が鼻息はないきあらく言う。王倫はそれにうなずく。


「うむ。装備そうびの面でも湯隆とうりゅうが加わってくれた事によりさらなる強化が見込めるだろう」

「き、恐縮きょうしゅくです」

「だが抜け出してしまったのは我らだけではなかったのだ」


 その言葉にみな一瞬いっしゅんきょとんとする。


ほかにもそんな強敵きょうてきが居るっていうのかい義兄?」

「そうではない楊志よ。抜け出したのは人ではない。土地とちだ。この梁山泊だ」

「………………すまん義兄、どういう事なのかさっぱりわからん。話が戻っただけじゃないのか?」


 楊志は腕を組み、考えるにつれて頭が横へとかたむいていき、話が一周いっしゅうしたのではないかと思ったようだ。いや、同じ結論けつろんいたった者は林冲をはじめ多い。知恵者ちえしゃせる呉用は理解した。


「なるほど。そういう意味であれば確かに」

「ど、どういう事ですかい? 首領と先生だけで分かってないで俺達にも教えて下さいよ。働きようがないじゃないですか」


 阮小二げんしょうじが言う。呉用は説明を始める。


要点ようてんは非戦闘員が増えるという所にある。戦闘員のみが適当てきとうな場所にこもれば賊となろう。数が増えれば『放浪軍ほうろうぐんあつかいでもそれは構わぬ。反対に非戦闘員のみが適当な場所に住みつけばそこは『集落しゅうらく』と言って良い。ここまでは皆分かりますな?」


 質問が出ないのを確認し続けて話す。


「では戦闘員と非戦闘員が同じ場所に増え続ければどうなると考えます?」

「え……それも集落じゃだめなんです……か?」

「そう、集落。だがこの集落は規模きぼにより村から街へと発展していきます。ただし朝廷ちょうていに認められず、もしくは朝廷に従わない存在であるなら呼称こしょうは賊、または『反乱軍はんらんぐん』となるでしょうがその実態じったいは『独立国どくりつこく』と言っても良い」

「!!」

「まぁ国と言うのは極論きょくろんとしても、そうなれば賊の法だけでは舵取かじとりは不可能ふかのう。国としての法が必要になります」

「つまり非戦闘員にも規律をという事だな」

「それだけではなくその者達の生活基盤せいかつきばんととのえねばなりません。無条件でやしなうには限界がありますから、仕事の斡旋あっせんや商売の推奨すいしょう。そこから税収ぜいしゅうを得る法整備ほうせいび防衛計画ぼうえいけいかくも当然必要。他にも─」


 すでに理解が追いつかず青い顔をしている頭目達をよそに、呉用の説明は延々えんえんと続いた。

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