第五十四回 呉用の変化

 梁山泊りょうざんぱく大勢おおぜいの者が加わったのち、すぐにその名をとどろかせた者が二人いた。一人はうたげの席でその弓の腕前を認めさせた花栄かえい


 そしてもう一人は……秦明しんめいである。彼は武術の腕前で誰もが認める林冲りんちゅう楊志ようし互角ごかくに渡り合う腕前を披露ひろうしたのである。索超さくちょうふくめこの四人を梁山泊の四天王してんのうと呼ぶ者も現れた。


 そんな秦明はある白勝はくしょう夫妻ふさい劉唐りゅうとう石勇せきゆうを自宅にまねく。理由は妻を救ってくれた事へ改めての礼だ。この一件は彼等三人の評価を上げたのだが、特に白勝は今までが今までだっただけに妻からも大きく見直されていた。


「なるほど、林冲殿にはそんな経緯けいいが……」

「王倫様の采配さいはいがずばりと当たった出来事でもあって、それで林冲殿は大層たいそう感激かんげきしたと聞いてます。あっしも妻も王倫様に助けてもらわなかったらどうなっていたか。そして直接ちょくせつたすけてくれたのがその林冲殿だったんです」

「この人もいつもがいつもなんで自業自得じごうじとくな所はあったんですけどね、あんな立派りっぱかた影響えいきょうを受けていたんだと思った時にはうれしくて……」

「まぁ、あの時のこいつの剣幕けんまくには付き合いの長い俺も驚きましたよ」

「わ、私も付き合いましたけど正直生きた心地ここちがしませんでした。まさにけでしたよ……」


 白勝の妻と劉唐が笑いながら、石勇がくもった表情で言う。秦明の境遇きょうぐうを救うため必死ひっしになってくれた行動に王倫が大きく影響を与えていた事が分かる。秦明も梁山泊に来て間もないがここの良さは感じていた。


(梁山泊……それに王倫殿、か)



 呉用ごようは自室で一人碁を打ちながら考え事をしている。これは何となく王倫の行動をなぞらえたものであるが、に関しての腕前は王倫は呉用より上だったのでその上達じょうたつも目指していた。


 呉用は王倫と初めて碁を打った時の事を思い出す。


(あの時首領は私にこううてきた)


「私はあるおかたに、そなたはこの梁山泊で碁を打っているのが似合にあっていると言われた事があります。これはそのまま受け取って良いのでしょうか? それともその方の真意しんいは別にあるのでしょうか?」


(私はあの時の答えが間違っていなかったと今でも強く言える)


 当時とうじの呉用はこう答えた。


「それは恐らく首領の将としての資質ししつしたものではないでしょうか」


 さらに分析ぶんせきしめし、


首領しゅりょうは『へいしょう』ではなく『しょうしょう』であれと言っているのです」


 とつたえたのだ。これはいにしえしょう韓信かんしん』が主君『劉邦りゅうほう』に問われた質問の返しにている。どちらの方が多くの兵をひきい手足のごとあつかえるかを問われた韓信は自分の方が上だと答えた。ならば自分より下の力量りきりょうの者に使われているのはなぜだろうかと続けて問われた時に先の呉用の様に返したのだ。


(そう、首領は『兵』ではなく『将』を手足の如く使う者。碁石ごいしおのれで碁を打つ事はできぬ。盤面ばんめん見据みすいし自在じざいに扱える者こそが首領なのだ)


 韓信の答えに劉邦は大変気を良くしたらしい。しかし王倫の反応は違っていた。


「やはりそうなのでしょうか。私ごときに言い過ぎではないかと思っていたのですが……」


 と謙遜けんそんして見せたのである。さらに


「もしそうだとするならば、私は梁山泊から出るべきではない、という意味もふくまれておりますでしょうか?」


 王倫の言う人物は梁山泊という言葉も残している。おそらくその真意しんいは王倫の言う通りであろう。呉用はうなずいた。


(その人物が初めから首領を見抜き、今の梁山泊の状況すら予想していたとしたら、私など足下あしもとにもおよばぬ先見せんけんめいを持っていた事になる……)


 知恵者ちえしゃである呉用はここへ来て色々な事に触発しょくはつされ、王倫の様につねに自分を良い方へ変えようとする姿勢しせい多大ただいな影響を受けていたのである。


(私はもっと自分を変えねばならぬ。そんな気がするのだ。そして……その余地よちはある)


 梁山泊軍師、呉用にも変化のきざしが現れていた。

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