第九十五回 光明

 周囲に多数の気配を感じた時には遅かった。近くの屋敷やしきから捕物とりもの格好かっこうをした男達がばらばらと出てきて戴宗たいそう達をとり囲む。


 一箇所いっかしょとどまる怪しい風体ふうていの五人組なのだ。いきなり捕らえる事はなくても普通に尋問じんもんの対象位にはされるかもしれない。


「しまった。長居ながいしすぎた!」


 朱武しゅぶは小声で言い、武器のつかに手をかけようとする陳達ちんたつ楊春ようしゅんを制した。相手も人数はいるが立ち回りを演じれば突破とっぱは出来るだろう。しかしここで目立てば史進ししん救出の足枷あしかせとなる。


「お前達ここで何をしている! 怪しい奴等め」


 お約束の展開てんかいになってしまった。別にまだ何か問題を起こした訳ではないので開き直る事は出来る。が、調べられるとまずい点はあるのだ。


 朱武達は少華山しょうかざんの賊だが直接この都で悪さをした訳ではない。都合が良くないとは言え身元みもとが割れるまでには時間がかかる。問題は王進おうしんだ。冷静に考えればこれも冤罪えんざいなのだが、もし役人に突き出されたら彼らはそんな判断は下さないだろう。


 彼の身元が明かされれば騒動そうどうが大きくなるのは明らかだ。そうなれば朱武達も無事ではすまない。


(さて……自分のふところには蔡京さいけいから預かった蔡得章さいとくしょうへの手紙がある。これを見せれば潔白けっぱくの証明にはなるかもしれないが、果たして全員解放となるかいなか……)


 戴宗は手紙を使いここを乗り切る方法がないか考えていた。


「答えられないのか!」


 数がいるので男達も強気だ。とその時。ギギイと音を立てて男達が出てきた門が再び開いた。


「お見送りはここまでで結構でございます」

「ではまたお会いできる時を楽しみにしていますぞ」


 見送る者が一人、見送られる者が三人、開いた門から出てくる。そして門の前では騒動が。


「ご主人様! 今出てこられるのは危険です!」

「な、何事なにごとだ?」


 ここで初めて屋敷の四人と朱武達五人が顔を見合わせた。


(((あ……)))


 同時に固まった男が三人。戴宗と孔明こうめい孔亮こうりょうである。孔明達は聞煥章ぶんかんしょうとこの宿元景しゅくげんけいの屋敷で話し込み帰ろうとしていた所だったのだ。


「この見るからに怪しい者達が屋敷の周りで何事かたくらんでいるようだったのです!」

「べ、別に私達は何も……」


 すで悪者わるもの確定かくていのように報告されているので朱武達にはさぞかし居心地いごこちが悪い空間な事だろう。戴宗はそんな彼等を尻目しりめ思念しねんよ届けとばかりに孔明達に目で合図あいずを送った。それはもう必死に。


 孔明達が今では呉用ごよう側近そっきんとして知恵が回って機転きてんき、戴宗がひそかに集まる同志の一人であった事もこうそうした。


「あ、あー。騒がしてしまい申し訳ありません。その者達は実は私の連れでして……中々戻らぬ私を心配して迎えに来てくれたのでしょう」


 孔明は戴宗に近づいて言う。


「お前達は風体が怪しいのだからここまでは来なくて良いと言っておいただろう」

「す、すいません」


 朱武達は何が起きているのかよく分からないまま見守っている。この孔明と戴宗が皆の注意を引き付けている間に孔亮が宿元景に何やら耳打ちしていた。


「全くお前達まで一緒になって!」

「み、皆も謝るんだ、ほ、ほら!」

「え? あ、あー。なんだか申し訳なかったです」


 とりあえず朱武達も戴宗の茶番ちゃばんにのっかる。


「まぁまぁ。誤解が解けて良かった。折角せっかくられたのです。あなた方にも茶をご馳走ちそうしましょう。ささ、孔明殿達ももう一度中へ」


 事態を理解した宿元景が話をまとめ救いの手を出してくれたので戴宗、孔明、孔亮はひとまず胸をなでおろす。


 宿元景の部屋は大所帯おおじょたいになってもまだ余裕よゆうの広さがある。入るなり口を開いたのは戴宗だ。


「いやぁ地獄じごくほとけとはこの事だ。一時はどうなる事かと」

「戴宗殿。何をしていたかは後で聞くとしてこちらは殿司太尉でんしたいいの宿元景様です。こちらがそのご友人の聞煥章殿」


 皆宿元景を紹介されて驚く。まぁ本来なら簡単に会えるような人物ではないから無理もない。しかしそれだけではなく自分達を窮地きゅうちから救ってくれたとなればなおさらだ。


「宿元景です。孔明殿達とは……おや?」


 宿元景の目が見開かれる。


「貴殿はまさか……禁軍きんぐん教頭きょうとうの王進殿では?」

「……ご無沙汰ぶさたしております。宿元景様」


 二人は特別親しいという間柄あいだがらではなかったが、同じ宮仕みやづかえの者としてその存在は当然知っていた。


高俅こうきゅうめの非道ひどうさは私も耳にしております。当時はなんのお力にもなれず申し訳ありませんでした」


 蔡京や高俅を良く思っていない宿元景は王進にとって数少ない理解者となる。そして彼等はお互いの状況を説明しあった。


 そして史進救出の為困っている少華山の面々。梁山泊に向かう予定だった王進。中央に顔がく宿元景。資金を用意できる孔明達が一同に介するという偶然ぐうぜんは、まるで四つの歯車がぴたりとはまったかの様にゆっくりと問題解決に向けて回り出す事になるのである。

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