第九十四回 尾行

 東京とうけいにて史進ししんを救出する計画を考える少華山しょうかざん面々めんめん。料理屋を出て人通りの少ない道を選んで進む。その理由は王進おうしんが指名手配されているからだ。彼はこの都で権勢けんせいを振るう高俅こうきゅう因縁いんねんがあった。


 高俅は元々もともと高二こうじという名のごろつきで、悪行あくぎょうを重ねて憲兵けんぺい逮捕たいほされる。そのとき浪人ろうにんあがりの禁軍師範きんぐんしはん王昇おうしょうにより棒叩きの刑を受けた。


 この王昇は王進の父であり、高俅が皇帝に気に入られ出世を果たした時にはすでに亡くなっていたが、息子の王進が禁軍師範と知るやその時のうらみを晴らすべく彼の身分を剥奪はくだつしたのである。


 命の危険をも感じた王進は老母ろうぼを連れて都を出奔しゅっぽんした。そんな経緯けいいもあり今でも追われていたのだ。


 彼等は人通りの少ない道を選んで進んでいたが、それは決して薄暗うすぐらくてはばせまいような物騒ぶっそうな道の事ではない。大胆だいたんにもその逆を突いて金持ちや官僚かんりょうの住む区画、明るくて道幅みちはばもあるが普通の住人にはあまり用がないので通らない道を進んでいたのである。


 よく見れば周囲の雰囲気ふんいきにそぐわない気がしなくもないが、やましい事を考えていたり後ろめたい事がある者が白昼堂々はくちゅうどうどうと通るとは皆考えないので、その思い込みという盲点もうてんを突いた方法だった。


「しかしここまで来ても中々なかなか妙案みょうあんが浮かばないとは……」


 朱武しゅぶが肩を落としてつぶやく。


「……朱武殿、そこを右にがろう。みなうしろは見ないように。けてきている者がいる」


 朱武達が右に曲がり見えなくなると『その男』も足を早め同じ所を曲がろうとする。


「う! いない?」


 だがすぐ左右の物陰から朱武と楊春ようしゅんが出てきた。


「我々に何か用でもおありかな?」


 背後にも気配がする。王進と陳達ちんたつだ。


(なるほど建物にび上がって後ろに回ったのかい)


「さぁ、要件ようけんうけたまわろうか」


 朱武が言い全員がじりじりと間合いを詰めてくる。


「……お主、料理屋にいた顔だな」


 王進が顔を覚えていた。戴宗たいそうはやれやれといった表情を見せる。彼にとってはまだ距離があるのだ。神行法しんこうほうで走り出せばすぐに逃げれる確信かくしんがあった。跳躍ちょうやくをし背後に回った事で身体能力が高いであろうと判断できる王進と陳達に向かわず、朱武と楊春の方に向かい走り出せば『逃げ出す事』は確実だと。


 その確信が彼に余裕よゆうがあるような表情をさせる。だが目的は逃げ出す事ではない。


「いえね、あなた方が史進って人とどういう関係なのか気になりましてね」

「「「「!!」」」」


 やはりこの場の共通点は史進という名前だった。途端とたんに周囲の四人から殺気さっきあふれる。


(!? やばい!)


 戴宗から余裕の表情が消えた。それは王進。彼の出す気迫きはくと殺気に逃げられる予感が消えてしまったのだ。戴宗は方針ほうしんを変え聞かれる前に話す事にする。


 魯智深ろちしんから聞いた話では史進は少華山にいるはず。もし史進に敵対している者がいたとしても都でうろうろしないだろうし、こそこそ動く必要もないだろう。戴宗はこれらの推測から彼等を史進寄りの人物と判断はんだんしたのである。


青州せいしゅう二竜山にりゅうざんの魯智深殿から史進殿の様子を見てきて欲しいと頼まれたものでして」

「何? 貴殿きでんは魯智深殿の関係者か!?」


 朱武の言葉と同時に放たれていた殺気が静まっていく。どうやらかんが当たったようだ。


「あっしは戴宗。江州のもんですが二竜山にはえんができましてね。で、あなた方は?」

「おお、これは失礼を。私は少華山の朱武。こっちは同じく陳達と楊春。彼は史進殿の師匠、王進殿です」


 戴宗は驚いた。


「王進? 禁軍武術師範の?」

「ええ。追われていますので大きな声では言えませんが」

「そりゃそうでしょう。林冲りんちゅう殿から聞いた事がありますよ」


 朱武との会話だったが林冲の名前を出した途端とたん、今度は王進が驚く。


林教頭りんきょうとうをご存知ぞんじか! 彼も高俅めに都を追われたと聞きましたが」

「まぁ……知らない仲ではないですよ。一緒に旅した事もありますし」


 王倫おうりんの使いとしてだが事実だしうそは言ってないなと戴宗は思った。王進が本物ならば立ち位置的に敵ではないだろうとも。


「ほう。それで彼は今どこに? 元気でやってますかな?」

「(滄州そうしゅうの件は伝える必要はあるまい)ええ。梁山泊りょうざんぱく充実じゅうじつした生活を送」

「りょ、梁山泊!?」


 王進の食い付きがさらに良くなり話がさえぎられてしまった。


「貴殿は梁山泊ともつながりがあられるのか? ではそこに腕の良い医者がいると聞いたのだが本当かどうかご存知でしょうか?」


(腕の良い医者? 学究がくきゅうがその医者を集めるためにそんなうわさを流した事があるとは言っていたが……)


 戴宗はどう返答したものか考えるが、それ以前に怪しい風体ふうていの男が五人。一箇所いっかしょとどまり話し込む姿というのは異様いような光景であり、ましてやこんな場所では尚更なおさら危険がともなうという事実をみな失念しつねんしたままであった。

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