第九十三回 囚われの史進

 史進ししん華陰県かいんけん史家村しかそん保正ほせい(村長)の一人息子。精悍せいかん美丈夫びじょうぶで上半身に九匹の青竜せいりゅうかたどった見事な刺青いれずみがあるためあだ名は九紋竜くもんりゅう。百姓仕事が大嫌いで武芸にばかりのめりこんでいたが、ある時家に逗留とうりゅうしていた男に稽古けいこに対して難癖なんくせをつけられたと感じた史進は勝負をいどむも一方的に打ち負かされる。


 その相手こそ禁軍教頭きんぐんきょうとう王進おうしんであった。史進は彼に頼み込んで弟子入りし、やがて武芸十八般の奥義おうぎ伝授でんじゅされると師である王進は延安府えんあんふへと旅立って行き、それを涙ながらに見送った。


 その村が少華山しょうかざんの山賊に襲われ交戦。一時はこれを捕らえるも、山賊の頭目達に侠気おとこぎを感じた史進は朱武しゅぶ陳達ちんたつ陽春ようしゅんと交流を始める。しかしそれが役人に露見ろけんし、史進は密告みっこくした使用人を斬って村に火を放ち故郷を出奔しゅっぽん


 放浪中に棒を教わった事がある李忠りちゅう魯智深ろちしんと出会い、旅芸人たびげいにん父娘おやこの一件やならず者退治で協力、共闘きょうとうした。


 放浪後は少華山の頭目として迎えられていたが、華州かしゅう太守たいしゅが娘をかどわかすという非道ひどうおこなっていると知り憤慨ふんがい。太守を成敗せいばいしに行くが逆に捕らえられてしまう。



 延安府から母親を連れて梁山泊りょうざんぱくに向かう途中、史進をたずねようとした王進だったが史家村はすでに無く(史進の両親は他界たかいしていた)、噂を聞いて少華山に行くと朱武から事の顛末てんまつを聞かされた。



※朱武

陳達・楊春と三人で義兄弟のちぎりを結び、少華山で山賊となっていた。陣形じんけいの知識にけあだ名は神機軍師しんきぐんし


※陳達

あだ名は谷間をぶ虎を意味する跳澗虎ちょうかんこ跳躍力ちょうやくりょくには自信がある。点鋼槍てんこうそうを使うが史進との一騎打ちで彼に捕まる。


※楊春

あだ名は白花蛇はっかだ。これは白面の妖蛇ようだのような容姿ようし由来ゆらいする。



 朱武達は史進の救出を考えていたが、弟子の窮地きゅうちを見過ごす事は出来ぬと王進もその話に加担かたんする。調べた所史進はすで東京とうけい護送ごそうされたあとだった。


「東京に護送されたとあっては手が出しにくい。何か手を考えなければ」

総力そうりょくげて奪還だっかんするまで! 見過ごせるものか!」

「今までの事を思えば死なばもろともだ」


 強硬策きょうこうさくかたむきつつある流れを王進が止める。


「待ちなさい。東京の兵は甘い相手ではないから闇雲やみくもに行っても全滅ぜんめつするだけ。私は以前東京に居たから地理ちりには明るい。少数でもって奇襲きしゅうをかけ奪還した方が成功する確率は高いだろう」


 そこで手勢てぜいひきい東京付近まで進み、少数で潜入せんにゅう、残りはせて待機たいきするという計画でまとまった。王進はやまいの母親に謝罪しゃざいしたが、母親は世話になった恩人、そして目をかけた弟子を助ける事を優先なさいと背中を押す。朱武達三人もその言葉に涙を流した。


 そして現在彼等は東京への潜入に成功し次の手を考える。



 そのころ蔡京さいけいへの使いを終えた戴宗たいそうは、腹ごしらえをしようと料理屋に入り席についていた。


「ふう。今回は色々いろいろあったが、やっと一段落ついたな。後は蔡得章さいとくしょうへの言い訳を考えるだけか」


 人心地ひとごこちついた感じの彼は座ったまま店内を観察する。客の入りはまぁまぁのようだ。


(都の料理屋より梁山泊の方が客の入りはいいな。あそこは常時じょうじせきくのを待つ程の盛況せいきょうぶりだし。……料理の味が他と違うから当然とも言えるか)


 戴宗の目がふと一点でとまる。その席には四人の男が座っていた。


(あの格好かっこう……街の住人じゃねぇな。雰囲気ふんいきが旅人という感じにも見えないが……一人は腕が立ちそうだ)


 戴宗は違和感いわかんかもし出しているその客達を見ていたが、自分の注文した料理が出てきたので一旦いったんそちらに意識を向ける。


(あ……)


 食べながらさっきの席をそれとなく見た。違和感に気付く。彼等は机に料理が並んでいるにも関わらずそれらにほとんど手をつけていないのだ。


(ひそひそ話に夢中って訳かい)


 戴宗のかんが何かを告げた。聞き耳を立てる。


(やはりとうやからじゃなかったか。……東京を襲撃しゅうげき!? ……おいおい、そりゃ無茶むちゃってもんだろうよ)


 はしをすすめながら所々ところどころ聞こえる話の内容に集中する戴宗。すでに料理の味などわかっていない。


(奴等やつら態度たいどからさっするにかしらはあの仕切しきっている奴か、もしくはあまりしゃべりはしないが微動びどうだにせずすきをみせないあの男か、だな)


 だがやがて戴宗が聞いた覚えのある単語が出てきて彼は盛大せいだいにむせてき込んだ。一部の客の視線が何事なにごとかと集まる。れいの男達もこっちを見た。戴宗はつとめて冷静さをよそおい茶をのどに流し込む。


 みな興味きょうみはすぐにうすれ他に向く。安堵あんどする戴宗。


(あの男……なんて視線でこっちを見やがる。気付かれてたのかとや冷やしたぜ。だがさっき確かに「史進」って言葉を聞いたぞ)


 そう、二竜山にりゅうざんで魯智深が言っていた人物だ。戴宗は自分の用事が増えそうな事を予感した。

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