第九十六回 史進救出

 宿元景しゅくげんけい聞煥章ぶんかんしょう孔明こうめい孔亮こうりょうの策に従い梁山泊りょうざんぱくからの資金提供しきんていきょうを受けて獄中ごくちゅうにいる史進ししん周辺しゅうへんの役人を抱き込んだり買収ばいしゅうしたりしていった。


 兵や武力に頼らない方法を試し、蔡京さいけい達が得意とする土俵どひょうでも勝負できるための経験を積んでいたのだ。ひとつ違う所は梁山泊の資金は民を泣かせて集めたものではないという事。


 少華山しょうかざんの者達はまだ山賊さんぞく行為こうい生計せいけいを立てていたため梁山泊の先進性せんしんせい衝撃しょうげき感銘かんめいを受けた。王進おうしんの目的は母親ははおや治療ちりょうだったが戴宗たいそうにした問いを孔明にした所、


「多分姫様の事ですかね。弟がそういった話も聞いてましたし」


 と、答えたものだから期待をふくらませてますます梁山泊へ向かう決意を固める。


 戴宗は流石さすが江州こうしゅうへ戻らないと蔡得章さいとくしょうにいらぬ疑いを抱かれかねないと東京とうけいっていった。皆は宿元景の屋敷やしきかくまわれ世話になっていたが、ある日彼が史進救出作戦に目処めどがついた事を伝える。


「明日史進殿の裁きが言い渡されますぞ」

「だ、大丈夫ですかね?」


 楊春ようしゅんは不安そうだ。意気いきさかんに乗り込んで来たが結局何も出来る事なく知恵者達の動きを見ていただけだった。


 それでも神機軍師しんきぐんしとあだ名される朱武しゅぶは、策が説明された時すぐに結果が出るものではないと読み、王進に進言しんげんして少華山を破棄はきする決断を下す。


 自分達も梁山泊に合流しようというのだ。まずは陳達ちんたつひそかに戻らせ、少華山の財と希望する者を連れて東京近くまで進ませたのである。その数七百。住民に迷惑をかけぬよう配慮はいりょされた進軍しんぐんであった。


 梁山泊に合流するならせめてこれくらいは気にかけねばなるまいと今後に備えた朱武。さらに聞煥章の助言を受け入れ少数ながら先遣隊せんけんたい編成へんせいし、王進の母親を梁山泊に送り届ける手配をした。ならばと孔明は梁山泊宛の手紙とそこまでの資金を先遣隊と本隊の為に用意する気配りを見せる。


 感激した王進と朱武は自分に出来る事があるなら喜んで協力すると孔明達に申し出た。聞煥章は朱武達に、孔明達は梁山泊首領、王倫おうりんの影響を多分たぶんに受けていると話す。



~翌日~

 ごくつながれている史進は自分がいつどうなるかなどまるで分かっていなかった。しかし太守たいしゅの命を狙って捕まったのだ。死罪しざいは当然覚悟していた。


(あの時は義憤ぎふんから朱武達が止めるのも聞かずに突っ走ってしまった。そしてこのざまだ。……皆心配しているだろうか)


 何故なぜか今日になってこんな事を考えている。


(親父……おふくろ……俺はいい息子じゃなかったなぁ。王進先生……最後まで駄目だめな弟子ですいません)


「史進。お前の沙汰さたは今日決まる。出ろ!」


 突然やってきた牢役人ろうやくにん物言ものいいに史進の目がまたたく。


「珍しくこんな気分になったのもそういう事か。……このうえはいさぎよく散ってやるだけさ。背中の竜に言い訳はしたくないからな」


 こうして史進は沙汰の場へと連れ出される。これから首を斬られるにしては地味過ぎる印象の場所だ。史進は首枷くびかせ(両手も拘束される)をつけたまま地面の上にかれたむしろに座らされる。


「へっ。やるならさっさとやってくれ」


 史進は独りごちた。


華陰県かいんけんの史進! 太守の屋敷に金目の物を奪う目的で押し入るとは許しがたい」

「……は?」

「しかし実際は自分の盗まれた品があると聞き確認の為に侵入しんにゅうしたとの証言もあり……」

「……へ?」

「また結果被害も出ておらず助命嘆願じょめいたんがんも出ている事から棒叩ぼうたたき三十回の刑にしょす!」

「……なんて?」


 史進は思考しこうが追いつかず情けない合いの手のような声をはさむ。


「どこの史進と間違えてやがる! 九匹の竜を背負うはこの九紋竜くもんりゅう史進ただ一人よ! 俺が狙ったのは太守の首だ。そんなせこい真似まねは俺の矜恃きょうじが許さねぇ!」


 と啖呵たんかを切ろうと思った時には役人にかせを外され、そのままうつ伏せにされて打たれた時に暴れないよう手足を押さえつけられていた。


「打て!」


 史進の背中に棒が振り下ろされる!


「いーち!」


 パシン。


「……!?」

「にーぃ!」


 パシン。


「……」


 史進は余りの予想外な出来事の連続に混乱してしまったと言って良い。


 ・

 ・

 ・


「もう来るんじゃないぞ」


 そんな放心している史進を無視して門は閉ざされた。


 殺人未遂さつじんみすい何故なぜ強盗ごうとうになっており、斬首ざんしゅまぬがれないはずが何故か棒叩き三十回になっている。さらにその叩き方も力が全然入っておらず、しまいにはおさえている役人にこっそり「痛がる振り位しておけ」と忠告される始末だった。


「別の意味で悪夢を見せられた気分だ……」


 そのままふらふらと歩き出す。肉体的よりも精神的に疲弊ひへいした事が原因だ。


「起こった事をそのまま言うぜ。斬首だと思っていたら手抜きの棒叩きだった。何を言っていると思うだろうが、俺にもなにがなんだか分からない。恐ろしいものの片鱗へんりんを……」


 一人でぶつぶつ言っている史進の腕を誰かが掴む。


「史進殿ご無事で良かった! まずはこちらへ。皆さんお待ちです」

「……楊春? なぜこんな所に」


 楊春はきつねにつままれたかのようにがら状態じょうたいになっている史進を宿元景の屋敷へと案内するのだった。

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