第九十七回 桃香の才、輝く

 梁山泊りょうざんぱく季節きせつは夏から秋に移ろうとしていた。


 王倫おうりんが夢で見た出来事はいまだ起きておらず、彼は知らないうちにそれを回避かいひする何かがあったのか、それともまだずっと先の話だったのかが見極みきわめられないでいた。


 一方、軍師の呉用ごよう東京とうけいでの一連いちれんの動きを孔明こうめいから報告されている。


 助け出された史進ししんは事情を説明される為に宿元景しゅくげんけいに引き合わされたが、そこには彼にとってもっと説得力を持つ人物がいた。師匠の王進おうしんだ。


 史進は硬直こうちょく絶句ぜっく、感激の流れから宿元景、王進、朱武しゅぶ孔明こうめいの話す計画にことごと賛同さんどう率先そっせんして参加する意志を見せ、少華山しょうかざん面々めんめんに改めて王進、そして梁山泊からの意見役として孔亮こうりょうを加えて東京を離れた。


 手勢七百を率いそのまま東京を通るのは危険(というか無謀むぼうに近い)なので、迂回うかいして梁山泊に進む道を選んだからだ。


 東京には宿元景と聞煥章ぶんかんしょうがおり奸臣かんしんらの動きを見張っている。孔明はそれらを伝えるため一人で呉用の所に戻ってきていた。少華山の面々は孔明達と繋がりを持った事により、その動きの詳細しょうさいを知ってしまったが、梁山泊の他の事情を知らない者に対してはそれを話さない事を約束している。


 孔明到着の少し前には彼からの手紙をたずさえた少華山の先遣隊せんけんたいが到着し、王進の母親は現在十三、四歳ほどの外見がいけんに見える桃香とうか治療ちりょうにあたっていた。彼女は青嚢書せいのうしょに書かれている内容と王進の母親の症状から彼女の病気がはいに関係するものであると判断。


 徹底てっていした衛生管理えいせいかんりおこない、初期に関してはごく一部の者以外の接触せっしょくを禁じ、母親に接触した可能性のある者まで診断しんだんさせる念の入れようだった為梁山泊全体に激震げきしんが走った。


 しかしその結果他人に感染かんせんする可能性は低いものとして現在は治療と衛生管理面だけ徹底されている。


 桃香だけで対処たいしょできたのは単純に運の良さ……彼女と王進の母親、どちらの運なのか、はたまたその両方であったのかは分からない。


 ここで獣医じゅうい皇甫端こうほたんに教えを受けていた事が役に立った。桃香はこのやまいが他人に強く感染かんせんをもたらすものではないとわかると、彼女は胸膜炎きょうまくえんであるとの診断結果を出す。次に対処法を考える為身近な所からの感染を疑う。


 それはつまり動物でも起き得る事。食事という行為こういで肺吸虫に寄生され肺吸虫症はいきゅうちゅうしょうを引き起こした。


 彼女の場合、それで本来なら隙間すきまなく他の部分と接している胸膜腔きょうまくくう部分に水がたまり、胸膜炎という症状で現れていたのだ。


 皇甫端は獣医として一流の腕を持っていたが、梁山泊に加わってからはその腕前にさら拍車はくしゃをかけていた。その理由は道具の性能の向上こうじょうにある。


 一流の鍛治職人かじしょくにんである湯隆とうりゅうといい、一流の船大工ふなだいく孟康もうこうといい、梁山泊には一流とつく者が事欠ことかかない。そんな彼等の持つ技術が一所ひとところに集まると使用される道具にも革新かくしんが起きる。そんな道具を一流の者が使い……こんな良い関係の循環じゅんかんが起き、皇甫端は以前では治療出来なかった動物の怪我けがや病気をも完治かんちさせ、そのすべてをしむ事なく教え子の桃香へとそそいだ。


 桃香はその知識と技術、そして道具の応用おうようで見事王進の母親にここへ来て良かったと感謝される事となる。


 息子(王進)が希望を持たそうとしていた気持ちは伝わってきたが、自身はすでに高齢という事もあり、本音ほんねなかあきらめていたのだという。しかしそれはおもてに出さず、いつか来る息子との別れに毅然きぜんとして対応しようと心に決めていたらしい。それが本当に希望が抱けるようになった、と。


 この出来事はまた旅人を通じて梁山泊の外にも広まり、やがて宋国そうこく神医しんいとあだ名される男の耳にも届く事になる。



 王家村おうかそんでは白秀英はくしゅうえいがいる一座いちざついに三国志を題材だいざいにした公演こうえんを開始し、村の者達や旅人達に好評こうひょうはくしていた。


 少華山の史進達が合流をたす為には、彼等が到着するまでに梁山泊と一座の関係を修正しておく必要がある。


 未だそれに対し有効な動きはないままであったが、果たして史進達や二竜山にりゅうざん魯智深ろちしん達は無事に梁山泊に合流する事が出来るのであろうか。

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