第七十一回 呉用の大計

 王倫おうりん時文彬じぶんひん達と芝居しばい見物けんぶつきょうじていた頃。呉用ごよう公孫勝こうそんしょうともを連れてある場所に『忍び込む』事に成功していた。


「ここまでは無事に来れたな学究がくきゅう

「うむ。すぐに帰っては来ぬだろうから時間はまだある。その間に目的の物を手に入れてしまおう」


 呉用のその言葉を合図あいずに供の二人が持っていた荷物をその場にある机の上に広げる。孔明こうめい孔亮こうりょうだ。


「よし、孔明と孔亮も探してくれ。お前達二人は私達がそれを見つけ次第しだい……分かっているな?」


 もう二人……蕭譲しょうじょう金大堅きんたいけん緊張きんちょうしているようだがうなずいた。


「時文彬殿らが戻らぬ内に終わらせてしまうぞ。急げ」


 呉用達は『時文彬の執務室しつむしつ』で行動を開始する。





「本気か学究?」


 公孫勝は動揺どうようかくせない。それは呉用に呼ばれてこの部屋に集まった他の者も同じだった。


 王倫と姫君達が芝居見物に行く。林冲りんちゅうとその妻にもたまにはゆっくりしてきてもらおう。そういう話だと思っていた。


「もちろんだ一清いっせいよ。鄭天寿ていてんじゅには今後こんご時文彬殿とつながりを持たせる為に同行どうこうさせる」


 鄭天寿にはそのむねは説明してあると公孫勝達にげる呉用。


「なるべく金を派手はでに使うようにとも言いふくめてある。いい意味で注目を集めてもらうためにな。だが鄭天寿への指示はここまでだ」


 呉用は周囲の五人の顔を真剣しんけんに見つめる。


「これから私の真意しんいを知るのは一清、孔明、孔亮、蕭譲、金大堅のみだ。どうか協力して欲しい」


 沈黙ちんもくやぶったのは公孫勝だった。


「して学究。この面子めんつで一体何をしようというのだ? まずはそれを聞かせてもらいたい」

「……鄆城県うんじょうけん知事ちじ時文彬殿と側近そっきん朱仝しゅどう殿も雷横らいおう殿と芝居見物に行ってもらうように手を打った」

「時文彬殿に首領しゅりょうと鄭天寿殿の面識めんしきを持ってもらう為ですか?」

「そうだ孔亮。それが目的のひとつ。我々はその間に時文彬殿の執務室に忍び込む」

「!?」


 皆驚いた表情になるが突然こんな事を言い出されては無理もない。


「な、何の為にですか?」


 孔明の声は震えている。もし見つかればただで済むような事ではないからだ。それどころか今までの信頼関係が根底こんていからくつがえるかもしれない。


「彼の不正の証拠でも見つけて弱みでもにぎるおつもりですか?」


 蕭譲が質問する。が、呉用は首を振って否定ひていした。


「いや、彼は好人物こうじんぶつだ。そんな物はあるまい」

「では何を……」


 呉用は皆に見えるように紙を広げる。それはこの国全体の大まかな地図。


「その昔、かん高祖こうそ劉邦りゅうほうも元は沛県はいけん亭長ていちょうであった(亭とは当時とうじ一定距離いっていきょりごとに置かれていた宿舎しゅくしゃのこと)」


 地図の一点を指で示す。


「そしてさらにのちの時代、劉備玄徳りゅうびげんとく諸葛亮しょかつりょうを得てしょくに入り蜀漢しょくかん皇帝こうていとなった」


 同じように蜀のあった地域ちいきをなぞる。


「お主まさか首領に天下でもらせようとでも言うのか?」

「いやいや。面白おもしろそうではあるが首領はそんなものは望むまい。あくまでも梁山泊りょうざんぱく発展はってん平穏へいおんのみを願うお方だ」


 それは皆も同じ意見だった。


「問題はこの平穏の維持いじ仕方しかたなのだ」

「どういう事だ学究」

「いえ、待って下さい」


 会話を止めたのは孔明だ。孔明は呉用が持ち出した劉邦と劉備の話題が気になっていた。


「……劉邦が今の我々われわれで、目指す将来が劉備という事ですか先生?」

「あ、そういうことか兄貴」


 孔亮もすぐさま理解したように同意する。呉用は満足気まんぞくげ微笑ほほえんだ。


「お前達二人を呼んだのはその成長を見込んでの事。私の補佐ほさを頼みたいのだ。分かる範囲はんいで良い。私の胸の内を他の皆に説明してくれるか?」


 公孫勝、蕭譲、金大堅の視線が二人に集まる。


(あ……もしかして)


 孔亮が何かに気付いた。孔明がゆっくり自分の考えをべ始める。


「ええと……劉邦と劉備は特に大事な部分ではなくて、重要じゅうようなのは先生に持ち出された背景はいけいです」


 まだ始まったばかりの劉邦の頃を今の梁山泊。このそうの時代で梁山泊の平穏を維持するには、最終的に蜀を起こした劉備のように相手と拮抗きっこうできる勢力せいりょくになる必要性を呉用はいたのだと伝えた。


「ふむ。勢力せいりょく拡大かくだいが必要だとしてもそれにワシらがどうからむのだ?」


 それには孔亮が推測すいそくを述べる。


「さっき気がついたのですが、機密きみつつかさどる公孫勝様にどのような筆跡ひっせき真似まねが出来る蕭譲殿。同じく素晴らしい石刻せっこくの腕を持つ金大堅殿が集められた点から、先生が何か情報戦じょうほうせんのようなものを想定そうていしているのではないかというところまでは推測できます」


 そこからは呉用が続けた。


「よしよし。そもそもこの国が腐敗ふはいしているのは奸臣かんしんが原因。我等は発展途上はってんとじょうとは言えまだ県の亭長。このまま発展しても国を相手にするのはきびしい。ましてや近隣きんりん北京ほっけい青州せいしゅうはこちらをにらんでいる状態」


 地図上の梁山泊を指で示したあと、北京大名府ほっけいだいめいふと青州の範囲はんいを指でなぞる。大きさの違いは歴然れきぜんだ。


「そこで事前じぜんに手を打ち青州とその隣、登州とうしゅう密州みつしゅう辺りを最終的にこちらの味方にしたい。これで安全な海までの道も確保できるし勢力としての地盤じばんでも相手と拮抗する事が可能だ」


 梁山泊、青州をふくんだ地図の北東ほくとう一角いっかくをなぞる。確かに範囲だけなら北京大名府、東京とうけいとも渡り合えそうに見えなくもない。海のおかげで背後を突かれる心配もなくなるだろう。


「その為に時文彬殿にはもっと出世しゅっせしてもらわねばならないのだ。……本人に我等の関与かんよ気付きづかれぬ様にな」


 呉用は胸の内にある国家こっか百年ひゃくねん大計たいけいを語った。

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