第二十一回 二振りの名剣と生辰網

 王倫おうりん林冲りんちゅう 楊志ようし の三人が複雑ふくざつ 義兄弟ぎきょうだい となった翌日よくじつ 。王倫は林冲と楊志から練兵れんぺい状況じょうきょうなどを聞いていた。報告ほうこくおおむ良好りょうこう内容ないようであり、日中にっちゅう夜間やかん警備けいびにおいてもその実力じつりょく発揮はっきされている。何より林冲、楊志の二枚にまい看板かんばんたがいを補佐ほさすると求められる以上の成果せいかをあげてきた。


 他のふく頭目とうもく達から『三十路みそじ三兄弟』と揶揄やゆされる事もあったが、この六人の力で梁山泊りょうざんぱく隆盛りゅうせいきわめていたと言える。


 王倫、林冲、楊志の義兄弟のきずなは強まったが、そんな中王倫は自分で決めた山寨さんさいの決まり事のひとつを変更へんこうした。


 山寨内での武器ぶき不所持ふしょじである。これを林冲と楊志に関しては所持しても問題ないとしたのだ。


義兄上あにうえ、そのような事をしてよろしいのですか?」


 と林冲。


義兄あにきには当然とうぜんねらいがあるのでしょうが、他の者から不満ふまんがでませんか?」


 と楊志。


「武器を持てない事に不満を持つ者がいたらそれはよこしな狙いを持っているか、余程よほど小心者しょうしんものかであろう。私がそうであったからその気持ちは分かる」

「そんな義兄上」

「いや、本当の事だ。だがお前達が武器を持つ事が規律きりつを正し、安心をもたらすようになるとも気付くだろう」


 それだけ信頼を置いているという王倫の思いが二人にも伝わった。


「それに私と林冲は名剣と名刀をも持っている。だが楊志にも持たせて三人が持てば絆も深まるし、手下てしたへの効果こうかはさらに高いと考えたのだ」


 楊志は名刀は林冲が高俅こうきゅうの一件で関わっていた物、名剣は宋万そうまんに渡した家宝かほうの剣の事だろうと考えた。彼は律儀りちぎにも、かりにも売った形になったのだからと剣は宋万に渡し、宋万から王倫へと渡されていたのだ。


「なのでこの名剣は楊志におくろうと思う」


 王倫はやはり楊志の物だった剣を取り出した。


「王倫の義兄。それでは計算があわぬ。林冲の義兄と俺が持てば義兄の武器が無くなるではないか」

「言ってなかったな。私は二本で一対いっついの名剣をすでに持っているのだ」

「まさか…… 三国時代さんごくじだい劉備りゅうび玄徳げんとくが持っていたとされる『雌雄しゆう一対いっついの剣』ですか?」

「え? そんな物をどこで」


 林冲と楊志が不思議がる。王倫はゆっくりと首を横に振り、両手をそれぞれ林冲と楊志に向けた。


「私の剣はそれにまさる。言うのはずかしいが……」


 二人に向けた手をそれぞれにぎむ。


「林冲に楊志。私にとってこれほど心強い剣は他にあるまい?」


 王倫は…… 言ってれた。逆に林冲と楊志は感激かんげきしその手をつかんだ。



 そんなやりとりがあって順調じゅんちょう日々ひびが続いていたが、ある朱貴しゅきが話があるとみなを集めた。


旅人たびびとから入手にゅうしゅした情報によると、どうやら北京ほっけい大名府だいめいふ司令官しれいかん梁世傑りょうせいけつしゅうと蔡京さいけい生辰網せいしんこうと呼ばれる誕生祝たんじょういわいを贈る準備をしているらしいのです」

「ふむ」

「これを運搬うんぱんするためどうやら梁世傑は腕の立つ者を集めているようなのですが……」

「誕生祝に護衛ごえいをつけるって事か? 大袈裟おおげさだな」

「それが実はこれは誕生祝に見せかけた賄賂わいろで、その価値かちはなんと十万貫じゅうまんがん(三十五億円)に相当そうとうするらしく」

「じゅ、十万貫!?」

「住民からは怨嗟えんさの声も出ています」

「……まぁそれは当然だろうなぁ」


 朱貴の話に皆がどよめき立つ。しかし朱貴はちまた噂話うわさばなしを聞かせたい為に皆を集めた訳ではない。


「そこで首領しゅりょう、なんとかこの不義ふぎざい我等われらで奪う事が出来ないかと思いまして」


 この生辰網があれば梁山泊の発展はってんに大いに役立つと思い、その利用価値りようかちを説明したかったのだ。

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