第二十三回 激突、林冲対索超

 楊志ようし北京大名府ほっけいだいめいふ潜入せんにゅうし、いよいよ生辰網せいしんこう運搬うんぱんする日がきた。北京軍の動きは完全につかんでいる梁山泊りょうざんぱく軍。


 索超さくちょう率いるおとりの部隊に引っかかった振りをして、その間に別の道を通る楊志率いる本命部隊を別働隊べつどうたいが梁山泊とは関係ない一団をよそお襲撃しゅうげきし、生辰網を強奪ごうだつするという計画だ。


 楊志からもたらされた情報通り、梁山泊近くの街道沿かいどうぞいに索超の部隊が現れた。


「ここらはすでに賊の縄張なわばり。出てくるなら早く出てこい。この索超様が蹴散けちらしてくれる」


 索超は囮部隊とはいえ梁山泊軍を蹴散らそうという気概きがいだ。馬上で構える自慢じまん金蘸斧きんさんぷするどく光る。


「まぁ所詮しょせんは山賊。まともに戦えるとも思えんが少しは楽しめるといいがな」



 一方楊志率いる商隊しょうたいふんした本隊は少し遅れて別の道を進んでいた。


(索超はそろそろ梁山泊近くに到達した頃か。うち(梁山泊)の指揮しきをとるのは林冲りんちゅう義兄あにきだろう。俺と義兄がきたえた部下達だ。練度れんどに関しては北京の兵士より上。義兄が索超に不覚をとらなければ問題はないはずだが…… 気をつけろよ)


「それにしても……」


 楊志は本隊の進行経路しんこうけいろに障害物の少ない見通しの良い道を選んでいたのだが予想外の懸念けねんが発生して困っていた。


 それは炎天下えんてんか。この焼け付くような高い気温の為、徒歩とほで荷を背負っている部隊の進軍速度が思うように上がらなかったのである。見通しの良い道を選んだため日差ひざしをけれる木陰こかげなどもなく、部下達の疲労ひろうの色が濃くなっていく。


(このままでは計画が狂う)

「急げ、急ぐのだ」


 楊志は速度をあげるよううながすが、それはいたずらに部下達の反発心はんぱつしんあおるだけであった。



 ジャーン! ジャーン! 銅鑼どらの音がひびき渡りしげみや岩陰いわかげから人影が姿を現す。梁山泊軍だ。


「おほっ出やがったか! ……結構な数をそろえてやがるな」


 索超はまずその数に驚くも、まだ相手は所詮賊だとタカをくくっている。一方梁山泊軍を率いるのは林冲の三百、杜遷とせんの二百、宋万そうまんの二百だ。


 朱貴しゅきの二百は別働隊として楊志方面へ。王倫と林冲の妻、残りの手下は山寨さんさいの守備…… ぶっちゃけた話、お留守番である。


「相手は囮ですから数はいませんね」

「ええ、ですがあの大将が楊志から報告があった索超という男でしょう」

「あの楊志殿と引き分けたという相手ですか」

「向こうは自分達を囮と分かっていますから不利と判断すればすぐに退くでしょう。上手く囲めば士気しきが下がるのは早いかと」

「なるほど。ではその様に。林冲殿、お気を付けて!」


 方針ほうしんが決まり杜遷、宋万が散っていく。林冲は蛇矛だぼうを構えると手綱たづなを引いて馬首ばしゅをめぐらす。そのまま一騎いっきで索超に向かい駆け出した。索超も当然それに気付く。


「はっ! きのいいのがいるじゃねぇか。この斧のサビにしてやるぜ」


 索超も林冲へ馬を向けた。


「俺は索超。てめぇの不幸は俺を知らなかったって事だ!」


 索超の名乗りが響き渡る。林冲は名乗らず、


「まずは一槍、馳走ちそうしよう」

「抜かせ!」


 蛇矛と金蘸斧が交差こうさする。一合、五合、十合。

 鋭い突きが索超を襲う! 索超はそれを避け、斧で払い反撃を繰り出す。林冲も同じ様に蛇矛を自在じざいに振るい索超と攻守をいれかえる。


(な、なんだこいつは! 手強いぞ!)

(楊志と引き分けたというだけある!)


 そのまま三十合は打ち合うが勝負がつかない。索超の部下達はその名勝負に見入みいっていた。


「賊にお前の様な男がいたとは驚いた。だが俺はまだまだやれるぜい!」


 索超はえる! しかし林冲はサッと馬を返し元の場所へと戻っていく!


「あ! 待て逃げるか! むっ!」


 索超は林冲を追おうとして自分達が囲まれようとしている事に気付く。


「ちっ。さすがに囲まれるのはまずいな」

「索超様! まだあちらまでは囲まれていません!」

「してやられたか? だが楊志も今頃は一帯を抜けているだろう。化かし合いは俺達の勝ちなんだ、無理をする事はねぇ。空の荷物はくれてやれ! 囲まれる前に撤退てったいだ!」


 索超もすぐに決断し、部下達もぞろぞろと後へ続いていく。


「ふふふ。思惑おもわく通りだな。追撃ついげきはかけるな!」


 逃がす為にわざとけた一角いっかくから撤退していく北京軍を林冲達は見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る