第三十九回 猛攻

 索超さくちょうは舟で逃げる梁山泊りょうざんぱく軍を追い湖を進んだ。


「く、もっと速度そくどをあげろ! じわじわはなされているぞ」


 彼がさけぶがそれは無理な話だった。舟をあやつる者の技量ぎりょうちがい過ぎるのだから。突然舟をがされる兵士と自分のにわで毎日舟を走らせている者とではその差は歴然れきぜんだ。


「来たぞ。晁天王ちょうてんのうさそい出してくれた。お前達上手くやれよ」


 かくれてその様子を見ていた阮小二げんしょうじが弟達に声をかける。


「おうよ! 俺達の力、見せつけてやろうぜ」


 王倫おうりん呉用ごようはその様子を山寨さんさい中腹ちゅうふくから見ていた。戦場を俯瞰ふかんして見る事が出来る。これも梁山泊を要害ようがいたらしめている要因よういんの一つだ。


「ふふふ、索超は逃げる晁蓋ちょうがい殿に気をとられ『わざと放置ほうちした舟』に飛びつきました。いよいよ大詰おおづめですな」

「うむ。周謹しゅうきんの部隊との連携れんけいみずから切り離したようなもの」

「では」


 呉用が指示を出すと赤い大きなはたがさっと振られる。


 ジャーン! ジャーン!


「なんだ!?」


 周謹のいる本陣ほんじん異変いへんが起きた。


「周謹様! 周囲三方から敵が攻め寄せてまいります!」


 銅鑼どらの音が周囲から鳴りひびき、せていた林冲りんちゅう(騎兵二百)、楊志ようし(騎兵二百)、公孫勝こうそんしょう(歩兵百)が一斉いっせいに本陣めがけておそかる。


「くっ! まだ兵がいたのか! ひるむな、迎撃げいげきするのだ!」


 周謹は馬上ばじょうからげきを飛ばすものの、今までの戦いで陣形はくずれており、すぐに乱戦らんせんになるであろう事は明白めいはくであった。その様子は湖上こじょうの索超からも見えている。


「いかん! すぐに舟を引き返させろ!」


 本陣が奪われれば兵糧ひょうろうなども押さえられ、戦いを継続けいぞくすること自体じたいが難しくなるとの判断はんだんからだ。だがその時すでに呉用の指示により大きな青い旗が振られていた。


 ドンドン! ドンドン!


太鼓たいこの音!?」

「さ、索超様!」


 索超達の周囲を囲むように舟が次々つぎつぎ現れる。だがそれは味方の舟ではない。そして前方からは……


北京ほっけいの大将、索超殿とお見受けいたす!」

「わわっ!?」


 その太鼓の音を打ち消すかのような大声をあげる偉丈夫いじょうぶが見えた。


「晁蓋! しまった!」


 索超はわなだったと気付く。これでは周謹の援護えんごに向かうのは厳しい。


「くっ……」


 囲んだ梁山泊の舟からは火矢ひやを構えた者達がこちらにねらいをつけている。


降伏こうふくされよ! 我らは無益むえき殺生せっしょうは望んでいない!」


 晁蓋が呼びかけた。



 周謹の方は乱戦となっていたが、状況は不利と言ってよい。


「こ、こいつら本当にぞくなのか?」


 周謹自身は奮戦ふんせんしていると言って良かったが、その賊とは思えぬ統制とうせいされた動きに翻弄ほんろうされ味方の兵は一人、また一人と倒されていく。


 彼はこの時になって索超が慎重しんちょうだった理由を本当の意味で理解したがすでに遅すぎた。現状げんじょうで打てる逆転の一手は大将を倒して撤退てったいさせる事くらいしかないと覚悟かくごを決める。


「こうなれば!」


 周謹が名乗りを上げながら叫んで突進しているとそれに呼応こおうするように一人の男が現れた。彼は瞬時しゅんじに敵の大将格たいしょうかくだと本能的に察知さっちしてその男に向かって行く!


それがしは周謹! 一騎打ちを申し込む!」


 蛇矛だぼうを持ったその男も了承りょうしょうしたのか周謹に向かって来る。


梁山泊りょうざんぱくあるじ王倫おうりん義弟ぎてい豹子頭ひょうしとう林冲がお相手しよう」


 ……それが周謹が聞いたその男の最後の言葉だった。

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