第百十七回 青州争乱

 青州せいしゅうの司令官、慕容彦達ぼようげんたつには頭を悩ませる問題があった。統治下にあるいくつかの村や街が襲撃を受け壊滅したとの報がもたらされたためだ。慕容彦達も部下に状況を探らせたものの特定に繋がるてがかりは掴めず苛々いらいらつのらせた。


 それでも青州にある三山さんざん、すなわち桃花山とうかざん二竜山にりゅうざん白虎山びゃっこざんの山賊を討伐すれば被害は減るだろうと考えまずは手下数百程度の小勢こぜい、白虎山へ三千の討伐軍を派遣する。当然この青州軍の動きは二竜山の魯智深ろちしん達にも伝わり三山の合流を目的としていた彼は白虎山への救援を申し出た。


 だがこの申し出は白虎山側に断られる。三千の青州軍は白虎山側に加わっていた学者の許貫忠きょかんちゅうに不利な地形へと誘き出され、首領の一人ひとり孫安そんあんの友人で道士の喬冽きょうれつとその弟子でし馬霊ばれいの道術により動揺し、浮き足だったところを蕭嘉穂しょうかすいひきいる二百の手下の攻撃を受け散々に打ち破られた。


 その戦いで一気に名を上げた蕭嘉穂達であったが、それは慕容彦達の怒りに油を注いだ結果となる。今度は汚名を返上せんとばかりに兵士一万二千人を動員。自らを総大将として一気に三山をしずめてしまおうと動いた。その中には花栄かえい達と因縁のある相手、劉高りゅうこうの姿も見受けられる。



 この動きに桃花山の李忠りちゅう周通しゅうつうはすぐさま根城ねじろを放棄し二竜山へ合流。それでも戦力差は魯智深達の六倍とあってその対応について大いにめる……事はなかった。何故ならここの頭目達を含め多大ただい犠牲ぎせいが出るこの青州争乱せいしゅうそうらんを夢で見た王倫おうりんが、その結果を変えるべく六千の手下を二竜山へと派遣してきたからだ。


 そしてその陣容じんようは、梁山泊副首領の晁蓋ちょうがいを総大将として神機軍師しんきぐんし朱武しゅぶを軍師に。将には林冲りんちゅう楊志ようしの王倫の義弟ぎていをはじめ索超さくちょう、花栄、秦明しんめい王進おうしん史進ししん山士奇さんしき劉唐りゅうとう呂方りょほう郭盛かくせい樊瑞はんずい項充こうじゅう李袞りこんという面々めんめん。さらに王倫と呉用、朱武が考え出した策も持参しての援軍。


 この面子めんつとその軍がかもし出す雰囲気には二竜山の腕自慢、魯智深と武松ぶしょうと言えどもさすがに閉口してしまう。とは言え林冲、史進と再会した魯智深は喜びその士気を高めた。


「八千対一万二千なら戦いようもある! 燃えてきたぜ!」


 やる気を見せる桃花山と二竜山の面々。しかし。


「いえ。この戦いは六千対一万二千です」


 梁山泊軍の軍師、朱武は静かにこう言った。



 その後朱武の指示により二竜山の砦は旗などを全て隠し無人むじんよそおう。樊瑞は道術で山の中腹を霧で覆い、梁山泊の部隊六千は山を降りてふもとに陣を構える。ここで青州の軍を迎え撃つつもりなのだ。


 魯智深達は砦に隠れその様子を見守っていた。魯智深や武松、桃花山の周通は性格的に戦いたがっていたが、手下の練度を指摘され今回は後方に回った形だ。


「しかし……こんな状況になっても白虎山の連中は合流してこねぇ。一体何考えてやがるんだ」


 そう。あれだけ華々はなばなしい戦果をあげた白虎山に動きは全くなかった。もしここで二竜山、桃花山連合と梁山泊軍が敗れるような事があれば次は必ず白虎山が狙われるのは火をみるより明らかであるにも関わらず。



 だがその白虎山。合流しないのではなく、合流できないと言った方が正しかった。青州軍を撃破した直後、首領の一人である孫安が病に倒れたのである。その症状は重く、すぐに明日をも知れぬ状態になってしまった。その為下手に動かす事が出来ず、見捨てられない仲間達がこの地に留まる結果になっていたのだ。


 孫安は巨漢な男で、農耕に精通した農民であったが、腕っぷしが強く武芸にも通じて義にも厚かったため人望もあった。父の敵を討ち逃亡していたが、同じような境遇になっていたもとは荊南けいなん名士めいしにして文武兼備ぶんぶけんび壮士そうしである蕭嘉穂と出会い、平穏な地を作ろうと二人で白虎山へ流れてくる。やがて蕭嘉穂の友人であった許貫忠、孫安の友人の喬冽らが加わり手下は少ないながらも精鋭せいえいと言える勢力を持つに至った。


 青州軍撃退に大きく貢献した道士、幻魔君げんまくんと呼ばれる喬冽の悲しみは特に深く、友一人すら救えない自分を日夜責めた。


「何が幻魔君だ! 例え三千の敵を軽く殲滅せんめつさせる道術をもってしてもこれに関しては無力ではないか。私は何を思い上がっていたのだ!」

「先生、ご自分を責めるのはおやめください」


 弟子の馬霊が慰める。この馬霊は神駒子しんくしと呼ばれることから神行法しんこうほう会得えとくしており一日で千里を走る事ができた。しかし孫安の状態では連れて行けず、宛もなく医者を探してくるにも博打ばくちになるので動けない。


「神よ。どうか我が友孫安をお救いください!」


 その時である。


「久しいな喬道清きょうどうせいわしを覚えておるか?」

「あ、貴方様は……」


 喬冽は突然現れた羅真人らしんじんに驚きはするも取り乱す事はなかった。


「そ、そうだ。羅真人様なら我が友を救うことが……」

「喬冽よ。それは自分で悟ったであろう。儂はそなたから魔心ましんが消えたのでやってきたのだ」


 それは道術で成り上がろうとしていた野心。しかし現在、親友を失ってまでそうなりたいとは思わない。当時羅真人に弟子入りを志願した時はこれを見抜かれていたのだ。この者は自分の為に道術で多くの者を殺すだろうと。


「魔心……確かに。しかし今は」

「道術でも人が救える事はある。だが病に関して有効なのは道術ではなく仁術じんじゅつ

「仁術……」

「そう。すなわち医じゃ」


 羅真人の横に二人の人物が現れる。それは桃香とうか公孫勝こうそんしょう


「……っ!?」


 喬冽が一瞬いっしゅん気圧けおされた。優れた道術の資質を持つため本能的に桃香の格を感じたのだ。桃香は無言で孫安の側に寄ってくる。逆に喬冽は邪魔にならぬようにすぐに場を譲った。馬霊はそんな師の姿を初めてみたのか戸惑とまどっている。


 桃香は孫安の症状を見て口を開いた。


「この方は緊急に処置をしなければ命を落とします。施術しじゅつが必要です」

「し、施術とは一体どんな……?」


 喬冽が質問する。


切開せっかい除去じょきょ縫合ほうごうですがここでは無理ですね」

「な、治せるのなら是非お願いします。私に出来る事ならなんでも申し付けてください」

「この方を羅真人様に預からせていただきますがよろしいですか」


 羅真人の移動系の術は神行法などとは全然別物。次元じげんが違う。まさに瞬間移動しゅんかんいどうなのだ。公孫勝が察して伝える。


「梁山泊なら治療が出来る。我が師が移動させると言うのだ。それならば間に合う」

「!」


 桃香は笑顔で首を振った。


「公孫勝さん、梁山泊ではありません」


 桃香は告げる。孫安を連れていく先は二竜山なのだと。

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