第四十六回 呉用の策と梁山泊の生活

 南斗聖君なんとせいくん王倫おうりんに二人の赤子あかごたくしたが、一冊いっさつの書物もおくっていた。天命殿てんめいでん碁盤ごばんの上にあったそれは王倫から梁山泊りょうざんぱくの軍師、呉用ごようへと渡される。呉用はそれを自室でながめながら王倫の目的に沿う策を考えていた。


青嚢書せいのうしょ。まさかこんな代物しろものが出てくるとは……」


 ※その昔『神医しんい』と呼ばれた『華佗かだ』という人物がしるしたとされる医学書いがくしょで青嚢の書とも呼ばれる。


 当然医学知識のない呉用では断片的だんぺんてきな情報しか読み取れない。


著者ちょしゃである華佗は処刑しょけいされ、その際にこの書物も焼失しょうしつしたものと歴史書には書かれていたはずだったが……」


 しかしそこを追求ついきゅうしても仕方がないと呉用は割りきる。


ようはこの一冊をどう有効に使うかが大切なのだ。首領もそう考えてこれを私にゆだねてくれたのだからその期待にはこたえたい」



 やがて梁山泊を起点きてんとしてこんなうわさが旅人達をかいしてささやかれるようになった。


 ・梁山泊では良い条件で腕のいい医者、獣医じゅういつのっている

 ・梁山泊には『すごい医学書』があり、そこで従事じゅうじする者には見せて貰える


 などである。これは呉用が杜遷とせん達の酒場を利用して流し始めた計略であり、手下に命じて同じ噂を他の場所でも流させた。噂の中には青嚢書という単語もふくまれていたが、専門知識のない人間にはすぐ忘れられるだろうという部分まで読んでの計略だった。(青嚢書という言葉は忘れたとしても凄い医学書となら伝えられる)


 話の内容が変化しても梁山泊に興味を抱かせ、あわよくば足を運ばせる。もちろん医者をかた私腹しふくやそうとするやからには厳罰げんばつしょすつもりでいた。


「厳罰の事も流せば他人をだまそうとする奴は最初から来なくなるのでは?」


 宋万そうまんが呉用に聞く。


「人間の記憶は曖昧あいまいだ。得だと思わせる情報だけなら変化しても得な情報として残る。だが当人とうにんにとってそんだと受け取られる情報がざれば、伝わり方次第では全く利点のない情報になってしまう。ましてやそれがさも真実のように全土ぜんどに広まれば収拾しゅうしゅうがつかなくなる」

「ああ、なるほど。そうなってしまってはもう遅いって事ですね」


 呉用も王倫と同じく皆に根気こんきよく詳細しょうさいに説明してまわった。だが医者を呼び寄せようとしたこの流言りゅうげんが、のちに思わぬ形に変化し、予想外の人物を巻き込む事になるとはこの時の呉用は微塵みじんも考えていなかったのである。



 一方、桃香とうか瓢姫ひょうきの世話を任された林冲りんちゅう阮小二げんしょうじ白勝はくしょうそれぞれの妻達もこれを機に親睦しんぼくを深めていった。


 阮三兄弟も魚を捕っていただけの生活から梁山泊で養殖ようしょくや周囲の環境について造詣ぞうけいを深め、意識の変化が見られるようになる。


 白勝は相変わらず手下の博打好ばくちずきと妙な賭け事をしていたが、妻に手網たづなを握られ梁山泊での生活を楽しんでいた。


 晁蓋ちょうがいも王倫がいるおかげでまとめ役の重圧じゅうあつから解放され、劉唐りゅうとう周謹しゅうきんと武芸の稽古けいこをしたり畑をたがやしたりとのびのびと自己研鑽じこけんさんはげんだ。


 公孫勝こうそんしょうは一年後に師である羅真人らしんじんが梁山泊に来る事になったので道術どうじゅつ修業しゅぎょう余念よねんがない。それに加えて仙人の子である桃香と瓢姫の存在は彼にとって十分すぎる起爆剤きばくざいとなっていた。


 林冲、楊志ようし索超さくちょうは梁山泊の武芸師範ぶげいしはんとして全体の武の質の向上こうじょうに大きく貢献こうけん三本柱さんぼんばしらとも呼ばれ、特に柱同士が行う稽古は見物しようとする者が絶えなかった。


 そして彼等は杜遷、朱貴しゅき、宋万の酒場で一日のつかれをいやすのだ。


 しかしこの仕事、人間関係が良好な生活も梁山泊の中だけの事であった。外に目を向ければ梁山泊の面々めんめんと関わった者が殺人事件を起こし、逃亡するというき目にあっていたのである。

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