第百二十六回 変化

 梁山泊りょうざんぱくにて饅頭まんじゅうを盗み武松ぶしょうに捕らえられた男児は彼の兄と同じ武大ぶだいという名だった。それだけではなく一緒にいた女児は金連きんれんという。


 それは訳あって兄の武大の嫁になった美女。そして兄を毒殺し武松が仇をうった相手の名前でもあった。


 さすがにこの二人が別人であるのはわかっていたが、その心中は穏やかでない。まるでにらみ付けているかのように二人を凝視していた。


「こら武松。二人が怖がってるじゃないか。あんたも魯智深ろちしんの旦那も強面こわもての大男なんだからせめて目線位この子達にあわせてやりな……よっ!」


 孫二娘そんじじょうが武松の体勢を崩そうと膝裏ひざうらに蹴りをいれる。


「……あぃったぁ!!」


 しかし体格のいい武松は微動だにせず、蹴った彼女の方が痛がりその場でぴょんぴょんとはねた。


「す、すまない義姉ねえさん」


 申し訳なさそうに大きな身体を丸めて萎縮いしゅくする武松。


「……くすっ」


 ずっと硬い表情だった子らがその様子を見て初めて笑った。


「ほら。腹がへってるんだろう? まずはこれを食いな」


 張青ちょうせいが膝をついて同じ目線で饅頭を差し出す。武大と金連は顔を見合わせ困惑の表情を浮かべた。


「遠慮なんてしなくていいんだよ。そのかわり食べ終わったらあんた達に何があってこんな事をしたのか教えておくれ」


 二人はこくりと頷くとおずおずと手を伸ばし静かに肉饅頭にかじりつく。


「「!」」


 すぐにがつがつと食べはじめた。


「ほらほら熱いからゆっくりお食べ。足りないなら饅頭はまだあるし逃げやしないからね」


 孫二娘が水をいれて二人に持ってくる。


「おいおい。とても母夜叉ぼやしゃと呼ばれる女とは思えねぇな」


 様子を見ていた魯智深が思わず呟く。


「魯智深の旦那!」


 孫二娘が魯智深を鋭い目で睨む。


「うへぇい。俺にはしっかり夜叉だったぜ」



 ……そんなやりとりがあり武大と金連が落ち着いた所で柴進さいしんが二人に何があったのか聞く。


 二人は青州せいしゅうにある小さな村の出身で、ある日金連の母親に連れられ近くの山に山菜さんさいをとりにでかけた。三人で夕方近くまで山で過ごして帰ろうとした時に異変に気付く。村の方からおびただしい黒煙こくえんがあがっていたのだ。


 嫌な予感がした金連の母親は二人を危険のなさそうな場所に隠れさせ、自らは村の様子を見に行き……戻ってくることはなかった。


 山で一夜を明かした二人は翌朝静かに村に戻る事にする。そして変わり果てた村の様子を目撃した。村は焼かれ住人は皆殺されており、その中には武大の家族や様子を見に戻った金連の母親とその家族も含まれていたのである。


 保護してくれる者を失った二人はあてもなくさまよい、途中見つけた隊商の荷車に潜り込みここまできてしまったという。


「ひでぇ事をしやがる! 許せねぇ!」


 魯智深は怒りを顕にするが柴進にはひとつ思い当たる事があった。そう、彼も同じような体験をしてこの梁山泊へとやってきたのだから。彼には自分と二人に起きた出来事が繋がっているような気がしてならなかった。


 当然ながら金連と武大には行くあてなどなかったので柴進は二人を自分の屋敷で面倒を見る事に決める。王倫おうりんには謎の襲撃者の件とあわせて伝えた。


 武松は二人を何かと気にかけ、柴進の屋敷を頻繁ひんぱんに訪れるようになり、武松兄ちゃんと呼ばれ慕われるようになる。だが武松の行動は、兄を救えなかった彼なりの後悔からきているところもあったのかもしれない。



 梁山泊の軍師、呉用ごよう史進ししんからある相談を持ちかけられていた。それは劇団が座を構える一画をさらに華やかにする計画。


「……というような案でして」

「なるほど」


 二人の間には文春ぶんしゅん新潮しんちょうが配布した情報紙。だが史進がこじつけていたのは後半の記事、美女との密会の部分であった。彼は内容から自分と李瑞蘭りずいらんの事だと思い込み、彼女を梁山泊に呼び一緒に生活する決意を固める。李瑞蘭の特技を活かせる施設を用意すれば迎える説得力も増すと考えた史進。そこで呉用に梁山泊にも有用になる案がないかと持ちかけたという訳だ。


 呉用は腕を組んで考える。李瑞蘭は東平府とうへいふで一番人気の芸妓げいぎだという。王家村おうかそん白秀英はくしゅうえい東京とうけいで人気を博していた。


(高級感を押し出しあえて料金設定を高くすれば思わぬ客を掴めるかもしれぬし……状況によっては密かに外交の場としても使えるかもしれないな)


 史進の本心は梁山泊への貢献こうけんよりは色恋にあると見抜いた呉用だったが、すぐさま梁山泊の発展と自分達の計画にそれが組み込めるかどうかを判断する。


「ふむ。史進殿。この呉用ひとつ考えてみましょう」

「さすが孔亮こうりょう殿の先生だ! この史進期待しておきますぞ」

「ははは。その李瑞蘭という方を迎える手筈てはずが整えば協力していただきますがよろしいですな?」

「もちろんですとも!」


 史進は呉用に感謝して戻っていく。呉用はその背を見送りながら、


(孔亮は少華山しょうかざんの彼らによほど衝撃を与えたようだな)


 史進の口から無意識に出たであろう孔亮の名から弟子の成長を感じた呉用であった。



「あ、これは噂のお二人さん。相変わらずの美男美女っぷりですねぇ」

「もうやだ新潮さん! よくわかっていらっしゃるんだから!」


 その頃王家村では。新潮がその記事の対象とした白秀英と鄭天寿ていてんじゅの二人と談笑していた。……談笑と言ってもご機嫌なのは白秀英で、その関係をまだ秘密にしておきたかった鄭天寿。


「新潮さんのおかげで王英おうえい達から色々聞かれて大変だったんですから」

「これも私達の幸せへの試練なのですわ。鄭・天・寿、様」

「ははは。今度その馴れ初めを記事にさせてくださいよ」

「ええ! ええ! 私が鄭天寿様を守る為命を投げ出そうとした行動が、それまでかたくなだった心を揺り動かした話を是非にでも!」

「い、嫌ですよ絶対!」

「まあ! 恥ずかしがっていらっしゃいますのね」

「はいはい。ご馳走さまです。あ、でも……」


 どちらかが浮気なんかした時はそれも記事にさせてくださいね。と言う新潮に、


「そ、そんな事あるわけありませんわ!」


 むきになって否定する白秀英をやはり困った顔のまま見守る鄭天寿だった。

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