第百三十回 瓢姫怒る
それは茂みから突然楊志達の目の前に現れた。真っ白な体と漆黒の体を持つ二頭の馬。
「ひえぇ……」
「……口に葉っぱ入った」
それぞれの馬の背中には白籟の首にすがり付く
「大丈夫ですか皆さん! すぐに手当てを行いますね」
髪に木の葉混じりの桃香が言う。瓢姫とは馬に乗って散歩をしていたが、彼女が離れた距離からこの現場を確認し駆け出した。桃香は自身の技量では黛藍に追いつけないため、白籟に任せてしがみついていたようだ。
瓢姫はすでに馬から降りて
「お嬢ちゃん、こいつらは馬泥棒の一味のようだ。危ないから俺達に任せな」
魯智深が声をかけた。だが瓢姫は魯智深の利き手を指差す。
「……怪我してる。桃香にみてもらって」
「なぁにこれくらい。う……!?」
魯智深と
反対に楊志達を負傷させた
「な、なんですあの少女は! どうもあいつらの仲間みたいですけど」
と
「う、うむ。とても怪しい風体の男達には釣り合わぬが……」
その間にも瓢姫が
「お、おいおい……」
格も困惑しその分下がる。
「……ない」
ぽつりと瓢姫が口を開いた。
「
彼女の怒りが一気に爆発し近くの木々にとまっていた鳥達が驚き一斉に飛び立つ!
一緒にいる事の多い桃香ですら瓢姫の様子に驚いた表情を見せたのだから余程だ。
彼女は格との間合いを一気に詰めてきた。咄嗟の事だったが、彼の身体も積み重ねてきた経験が無意識にその動きに反応させようとする。
瓢姫の右足が大地を強く踏みしめるのと同時に掌を上にした右手が斜め上の方向に繰り出される! 格はそれを身体の軸をずらす事で避けた。体制は密着に近くなり槍と素手なら瓢姫の距離だ。
(なんて鋭い踏み込みと掌打だ!)
格は初撃に驚くも自分の得物の距離にするべくまず離れようとする。
(な!?)
瓢姫は自分の身体に巻いてある装飾を掴み鋭く回転した。次の瞬間には二本の槍で追撃を受け止める格の姿を周囲の者達は目撃する。衝撃で後ずさる格。こめかみ付近には冷や汗が流れていたが気付いた者はいない。
「これも……止めた」
瓢姫の手には一本の槍が握られていた。
「え、ええ!? あの娘どこから槍を!?」
馬万里が叫んでいる。瓢姫の武を初めてみた
その瞬間には礫の名手、全が動いていた! 格に当たらないよう位置取り瓢姫に礫を投げようとするがきらりと眼前で何かが光った。
「短刀!? う、うおぉ!?」
「全!?」
全が顔をそむけてそれを避ける! 体制が崩れ投石はできなかった。そして顔をかすめた短刀に見えたものは急激に速度を落とし地面へと落ちた。彼がそれを確認しようとした時、それは宙へととびあがり後方へと飛んでいく。
その一連の流れを見て全てを把握した格。
「な、なんだその武器は!?」
目の前で先程まで槍だったものを構え直す少女に問う。
「……
現在その形状は鎖でできた鞭のようだった。……細かく分けた筒状の物に鎖を通し、鎖を引ききれば槍に。伸ばせば鎖の先に槍の穂先のついた分銅状の武器になる。
二つの形態を持ち、遠距離、中距離どちらにも対応出来るようにと
と言っても彼はこれの量産など最初から考えていない。使いこなすには並外れた力と技量を兼ね備えるのが必須な上、状況判断にも秀でていなければ無用の長物にしかなり得ないのは考えるまでもなかったからだ。
この武器の案を持ち込んだのが瓢姫でさえなければこれが世に出る事はなかっただろうとまで言っている。
※瓢姫が発案したきっかけは山の中で見つけた虫、ナナフシから。余談だがこの時の同じ種から世界最長のものが二○十四年に中国南部で発見される。(全昆虫約八十一万種の中で)
「全! 強敵だ!」
武器が鞭状になっているので格は連携の合図を出しながら距離を詰め突きを繰り出す。瓢姫は器用にそれを鎖部分で受け止めたりいなしたりする。そればかりか鎖で反撃を繰り出す距離感も正確だ。
「これなら!」
二人の隙をついて全が必殺の礫を放つ! しかし。
瓢姫を知る者なら説明は不要だが、彼女は修行法や芒碭山の時にも分かるように飛び道具相手には滅法強い。
「な、何!?」
当たらない。瓢姫はまるで飛んでくる先がわかっているかの如く最小限の動きでそれを避ける。格からの攻撃にも対応した上で、だ。
「くらえ!」
瓢姫と格の攻防の隙をついてその礫は放たれた。が今までとは違い最初から的を外して飛んでいく。
「なんだあいつ。当てられぬと分かって牽制のつもりか?」
手当てを受けながら
既に全体が瓢姫対格と全の戦いを見守っている状況になっている。空気を汚せないようなそんな感じだ。
「格さん全さん負けないでくださいよー!」
だが空気を読まない馬万里が声援を飛ばす。
「馬を盗んで逃げた女の仲間が偉そうに!」
鎖が生き物のように格を襲う。まるで蛇だ。そうかと思えば槍が直線的な動きで狙ってくる。
「く。二本の槍を使う俺も結構器用だと思っていたが!」
苦戦する格を見て全は自分の切り札で決着をつける気でいた。連続で投げた礫は瓢姫の左右へと外れていく。
否。それは突如軌道を変え、曲線を描きながら瓢姫を襲ったのだ!
「!!」
瓢姫と格。二人の動きが止まった。
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