第百二十九回 旅する四人

 高俅こうきゅう蔡京さいけいに呼び出しを受ける少し前。開封府かいほうふ宿元景しゅくげんけいには最近疑問に思う事があった。皇帝こうてい徽宗きそうの行動に変化が見られたからだ。


 徽宗は造園遊戯に夢中になり、連日宿元景の屋敷を訪れては堪能たんのうしてから戻っていた。その徽宗の来訪がここしばらくぱったりと途絶とだえてしまっていたのである。


(あれだけ夢中になっていたのにそんな簡単にお飽きになられるものだろうか?)


 今では徽宗の来訪を楽しみにしていた部分もあった彼は少しさびしさを感じた。そして徽宗の側近に一人の人物が取り立てられていた事もその感情を自覚する原因のひとつだったと考えられる。


 男の名は張叔夜ちょうしゅくや。突然この者が徽宗の身辺の世話をすると公表された。皇帝本人の口から強い口調で言われたのでは蔡京達も意見を言えず戸惑とまどいを見せていたが宿元景にとっても寝耳に水の出来事。……とは言っても彼が何か実権を握る訳でもなく本当に陛下へいかの身の回りの世話のみしている感じだったので蔡京もしばらく様子を見る事に決め込んだのだろう。


 この張叔夜という人物。知る者達からは優秀で私利私欲しりしよくに走る性格ではないと評されているようだ。


 その日も公務の報告の為に徽宗のもとを訪れる。そこには蔡京と……やはり張叔夜の姿があった。宿元景と蔡京はそれぞれ陛下に報告を終える。徽宗は時折ちらちらと張叔夜に視線を送っていたが、


「うむ。二人共ご苦労。今日は下がって休むがよい」


 と、声をかけられた。……ふと蔡京と顔を見合わすも二人で陛下に拝礼し、並んで部屋を後にする。蔡京とはお互い特に言葉も交わさず別れた。


(そういえば……少し口数がお減りになられたか……?)


 ふと徽宗に対してそんな思いが頭をよぎったが、些細ささいすぎて別に考えこむような問題でもなく家路へとつく。



 ─やはり同じ頃。梁山泊りょうざんぱく付近の街道を進む四つの人影。


「いやぁ。天気も崩れず目的地近くまで来れて良かったですねぇ。おいらはもう腹が減って腹が減って……」


 大きな荷物を背負った男が空腹を訴えている。


「ははは。着いたら食べさせてやるからもう少し頼むぞ馬万里ばばんり

「陛……しんさん、馬万里を甘やかさないでも良いかと」

「!? なんて事言うんですか。これは人間が抱く当たり前の感情ですよ? ぜんさんもかくさんも本当は空腹なんでしょ? 私だけわがまま言ってるみたいに言わないでくださいよ!」

「あー、分かった分かった」


 どうやらこの四人組は真、全、格、馬万里と呼びあう旅人ようだ。やりとりから推測するなら梁山泊……おそらく王家村おうかそんを目指しているものと推測できる。


「しかしこの辺りはもう少し物騒なものだと思っていましたけどね」


 格さんという男が周辺の状況を見て言う。


「同じ方角ほうがくへと向かう後ろの二人組を見てもきっと安全なんでしょう。領主の手腕が良いのかはたまた……」


 全と呼ばれる男も自分の考えを口にしようとした時、前方から一頭の馬がこちらに駆けてくるのが見えた。乗っているのは……女だ。


 四人は道の端に移動し馬を通そうとしたが、何故かその馬はすぐそばに来ると一度停止した。


「助けてください! 怪しい男達に追われて! すぐに奴等が!」


 顔立ちの整った女が馬上で呼吸を荒くしながら懇願こんがんしてくる。思わず見惚みほれそうになるがその指差す先に目線を移すと確かに怪しい風体の男達が追いかけてきているようだ。


「……確かに。ではこのままお行きなさい。ここはこちらが引き受けよう」

「! ありがとうございます!」


 真が助力を申し出る。女は礼を言うとこちらを振り向く事なく駆け出して行った。


「ちょ。おいらは戦えませんからね!?」

「馬万里はあてにしていないよ。全さん、格さん」

「……はっ」

「仕方ないですねぇ」


 そして女を追ってくる男達をさえぎるように位置取る二人。一方……


楊志ようし殿! 馬泥棒の女があの男達に接触していますぞ!」

「ああ燕順えんじゅん殿。女一人でうろついていたので何やら妙だとは思ったが、問い詰めた矢先に馬を盗んで逃げるとはな!」

「しっかり近くに仲間がいたようですな。こうなりゃあいつらから目的を吐かしてやる!」


 巡回中に女を発見した楊志と突然馬を盗まれた燕順、たまたま近くにいて捕物とりものに合流した劉唐りゅうとう気炎きえんをあげる。梁山泊の面目に泥を塗られた格好のままでは我慢がならないからだ。


 こうしてその四人組と楊志達はお互いの事情を知らないまま相対する事となった。楊志と劉唐は梁山泊では手練てだれとして知られていたが、この格と全の連携攻撃にたちまち負傷させられる。驚愕して助太刀に入ろうとした燕順にもそれがぶつけられた。


つぶて!? なんて精度だ!」


 一転不利になった楊志達。だが運は彼らに味方していた。四人組の後方を歩いていた二人が突然参戦してきたのだ!


「楊志殿! 助太刀すけだちいたす!」


 それは朱仝しゅどう雷横らいおう。王家村の劇団一座が三国志を題材にした新しい演目を始めたので呉用ごよう時文彬じぶんひんに観覧の誘いを持ちかけていたのだ。彼は自分の仕事を終わらせ次第合流するとして、先に朱仝と雷横を向かわせた。


 彼らは偶然騒動が起きている現場に遭遇そうぐうしたものの、楊志達が理由もなく争わないのを理解していたので迷わず梁山泊側に味方したのである。


 しかしこの二人も二本の槍を持つ格と隙を突いては礫を放ってくる全の連携の前に膝を折らされた。そして彼らの行動が魯智深ろちしん武松ぶしょうが駆けつけてくる時間を稼いだ。


「く……次から次へと」

「人相の悪い奴等が揃ってやがるな。どいつもそれなりに腕が立つのが厄介やっかいだ」

「お二人が無理ならいっそ諦めて帰りましょうよぉ」


 全と格の会話に馬万里が泣き言をもらす。だが二人は息ぴったりにまだまだやれると豪語した。真はその意気を信じて止める気はないようだ。むしろ魯智深と武松をらしめてやれとまで言っている。


 力なら魯智深、武松組。技量なら格と全の二人。もし全員を知る者がいたならばこう評されるであろう戦いであったが、今まで楊志をはじめ数多あまたの者達を撃退し続けてきた実力は本物であった。


 格は双槍で魯智深と武松を引き付け、全の礫は正確無比に相手を狙う。魯智深が利き手に礫を受けて六十二斤の禅杖を地面に落とした。


「痛ぇ! くそっ!」

「俺の礫は地面に無数にある」


 全の礫が厄介なのは理解できているが、彼を狙おうとすると格にそれを阻まれる。負傷者だけが増えていく現状。この二人を止められる者はいないのか。


 だが天運はそれでも梁山泊側にあり、天命はこの場所に彼女達を呼び寄せるのだった。

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