第百三十六回 密会

 王家村おうかそん扈三娘こさんじょう達が到着する前日の夜。


「「わ、我ら大いなる炎のために!」」


 右手を掲げそう宣言したのは孔明こうめい孔亮こうりょう


「孔明に孔亮のお二人さん? いつもの面子の集まりで今更場の空気を和らげる必要はないんじゃないの。あ、それともそれが梁山泊りょうざんぱくで流行っているのかい?」


 戴宗たいそうが砕けた口調で語りかける。しかしもしもの場合があったらと考え二人以外の面子の様子を確認するが彼らはそんな訳がないと言うように無言で首を振っていた。


「落ち着かなければいけないのは明日大役が待っている孔明に孔亮だからな。自分達に言い聞かせているのだろう」

「「せ、先生!」」


 呉用ごようが笑いながら戴宗に説明する。他の者は事情を知っているのか苦笑いだ。


「ああやだやだ。俺だけ蚊帳の外ってのは無しにしてもらいたいねぇ同志諸君?」

「くくく。分かっている分かっている。丁度良い時に来たものだ戴宗。明日はそれを見てから帰ると良いだろう」

「明日に何を見ろって?」



 ──梁山泊大演習──


 と、呼ばれているそれはその名の通り軍事演習である。梁山泊に住む戦闘要員はもとより、王家村に住む者でも一部の心得のある者や希望者などが参加するという規模の大きいもの。発案者が皆に慕われる王倫おうりんとなれば参加希望者は多かった。


 ただ、村の重鎮や希望者であっても一部の者には村の運営と経済的活動を支えてもらう必要があるので、泣く泣く参加を見送ってもらった者もいる。柴進さいしん鄭天寿ていてんじゅ、今この場にいる蕭譲しょうじょう金大堅きんたいけん。店を持つ張青ちょうせい孫二娘そんじじょう朱富しゅふうらがそれにあたる。商人や職人達も全てが不参加ではなく石秀せきしゅう楊雄ようゆうなど参加出来ている者もいた。


 規模が大きいので村に滞在する何も知らない者達から目撃されるのを完全に防ぐのは難しいだろうが、山賊同士の小競り合いとしておけば巻き込まれるのを恐れて近付きはしないだろうし、一応梁山泊をはさんで村からは死角にあたる位置で実施される予定になっている。


「で、そこの二人の緊張の原因はこれだ」


 呉用が一枚の紙を戴宗に渡す。それは参加者の名簿だった。


「何々? 山賊側……ほう、王倫様が大将をやるのかい。で軍師に学究がくきゅうと。他に林冲りんちゅう楊志ようし王進おうしん索超さくちょう秦明しんめい周謹しゅうきん黄信こうしん蕭嘉穂しょうかすい孫安そんあん。他にも……」


 次々に明記されている名前を基本そのまま読み上げる戴宗。


「洒落にすらなってないほど豪勢すぎるだろ。んでここからが梁山泊側か」


 やはり先程と同じように声を出して読む。


「大将に晁蓋ちょうがい殿。ふむふむ。で、軍師に……孔明に孔亮だって!?」


 戴宗は驚いて名簿から視線を外し目の前の二人を見た。二人は俯いてぷるぷる震えているようだ。


「軍師補佐に許貫忠きょかんちゅう。あとは魯智深ろちしん武松ぶしょう史進ししん山士奇さんしき鈕文忠ちゅうぶんちゅう陳達ちんたつ楊春ようしゅん劉唐りゅうとう李袞りこん項充こうじゅう楊雄ようゆう石秀せきしゅう鄧飛とうひ李忠りちゅう周通しゅうつう王英おうえい白勝はくしょう……こっちは主に山賊経験者を軸とした構成か」


 梁山泊側には水軍もあり、花栄かえいげん三兄弟、呂方りょほう郭盛かくせいらの名もあった。


「ううむ。最初は学究側が優勢かと思ったが……いやいやこれは展開次第では分からんね。見所は多いが目の前のご兄弟にとっては王倫様と学究が相手となると……なるほどこりゃ大役だ」


 腕を組んで頷く戴宗へ公孫勝こうそんしょうが口を開く。


「道士組は今回出番なしだが、王倫様は官軍の位置付けのつもりで孔明達の仮想敵となっているのではないかと思うのだ」

「そうかもしれん。俺ならまず……」

「こらこら。二人へ肩入れするような発言は控えてもらいたいな。これは成長してもらうためにも必要な事なのだ」


 呉用に釘を刺され、結果を楽しみにしていると戴宗はじめ他の者も笑い、孔明と孔亮はますます重圧を感じるのだった。


「じゃあ次は俺からの報告といこうか」


 戴宗が江州で過ごす宋江そうこうの近況を話す。それによると最近は宋江の噂を聞いて訪ねてきた宗沢そうたくという人物に気に入られよく一緒に過ごしているという。


「その宗沢殿は宋江殿より一回り程歳上のお方ながら世情や政治にも詳しく、最近では宋江殿と書簡のやり取りなどもされているよ」


 戴宗は宋江に了承をもらい、他愛のないやりとりをしている内容の書簡の一部を持参してきていた。


「彼が来たときはまるで水魚の交わりのようで宋江殿に懐いている李逵りきが面白くなさそうにしているがね」


 皆が書簡を見ている時も話を進める戴宗。


「宗沢……? その名どこかで……」


 呉用はその名前が引っ掛かったが思い出す事が出来なかった。戴宗の近況報告が終わると話題は再び演習の話へと戻り盛り上がる。



 ……公孫勝が呉用や戴宗らと密会していた頃。違う場所でもある者達による密会が行われていた。


「このような時間に来ていただき申し訳ありませなんだな『姫様』がた」

「いえ。それで急ぎの用とはなんでしょう『羅真人らしんじん』先生」


 羅真人は目の前にいる桃香とうか瓢姫ひょうきに語り出す。自らが行った占いの結果を。


「骨が砕けとんだ……ですか」

「左様。蜘蛛の巣状のひびが入り、結果が落ち着いたと思った矢先にそうなりもうした」


 そこで二人に身の回り、もしくは梁山泊周辺で何か変わった事が起きていたり気が付いたりしていないかを密かに聞きたかったのだと羅真人は伝える。


「他の者には伝えておりませんが、少し前よりこの地に妙な気配が漂ようておりまして。何か影響を及ぼしておるかもしれんと思うたのですじゃ」


 神妙な顔で聞いていた桃香が口を開く。


「それが関係しているかは分かりませんが、ひとつ気になっていることがあります。最近訪れる患者さんの中に妙な方がおられるのです」

「ほう」

「その方は自分を不眠症と言って薬を所望されるのですけど、頑なに自分の事というにはその説明が曖昧であったり矛盾があったりするのです」


 誰か別の人物の為ではないかと感じた桃香は言えない事情を考慮しつつも手遅れになってはいけないと考え、何度かその患者の後をつけようとしたらしい。


「気付かれてはいないと思うのですが毎回見失ってしまい……」

「姫様にも言えない相手ということですか。ふむ……」


 自分一人で抱えていたが第三者に話してしまったので桃香は決心する。


「瓢姫。次にその方が来たら尾行を頼めないかしら」

「……かまわない。誰?」


 桃香は瓢姫に時遷じせんという方だとその名を告げた。


「ん。多分大丈夫」

「瓢姫様周辺には何か思う所はありませんかの?」


 羅真人に問われ瓢姫は考えを整理しながら言葉を口にする。


「うまく言えないけど……たまに気配……というか存在感? の薄い人が塞の方を見てる」


 見かけるようになったのは最近だという。


「私も知ってる人?」

「まだ村の中では見たことない」


 瓢姫も気になったというだけで直接の接触はしていないようだ。


「けど……実際の視線と見ているものが違う? 何を見てるかわからない? 変な雰囲気だった」


 瓢姫の言葉に羅真人の眉がぴくりと動く。


(もしや……)


 梁山泊に渦巻く不穏な空気。まず羅真人、瓢姫、桃香がその存在に気が付きつつあった。

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