第五回 英雄問答

 王倫おうりんは知り合った老人から桃の礼にとある話を聞かされる事になった。


「して話とは……」

「そうですなぁ…… 英雄えいゆうの条件についてとかはいかがですかな?」

「英雄……? 何をもって英雄と言われるのです?」

「いやいやまさにそこの部分でございますよ」


 王倫は考える。だが朧気おぼろげ実像じつぞうが浮かばない。


「ではたとえば高祖こうそ劉邦りゅうほう項羽こううで言えばいかがですかな? さらさかのぼしん始皇帝しこうていはどうでしょう」


 そう問われるので王倫は自分の知識をどころに答える。


「始皇帝は長く続いた戦乱を終わらせた人物。英雄に相応ふさわしいのではないですか?」

「ではのちの項羽や劉邦は?」

「項羽は圧倒的武力でその秦を滅亡めつぼうさせますし、劉邦もその項羽を倒しかんおこしますからやはり英雄と言えましょう」


 官吏かんりを目指して学んでいただけあって自分の考えをよどみなく言葉にした王倫。


「ではその三人で誰が一番秀でた英雄かを問えばいかがです? 最終的に国を興した劉邦になるのでしょうか?」

「いや、それは……」


 一概いちがいにそう言いきるのは難しいのではないかと思うものの言葉にまる。


「さらにそのあとには曹操そうそう劉備りゅうびらが覇権はけんを争う三國志さんごくしと呼ばれる時代がくる訳ですが、そもそも何故なにゆえこうも英雄が入れ代わり立ち代わりになっておるのでしょう? 英雄とは勝った者に付くただの言葉なだけなのか。果たして英雄の定義ていぎとは?」

「それは…… そうですな。曖昧あいまいに思えますな」


 名ががった事でイメージをつかんだ王倫だったが続く話でまた朧気になってしまった。


「話を変えましょう。王倫殿は英雄を目指した事はないのですか?」

「は? ……いやいやいや、私などが一体どうして英雄などを目指せましょうか。今の話で英雄そのものが曖昧に感じた私に」


 そう言った王倫だがこれは本心である。だが不適格ふてきかくだと感じている理由はこれではない。


「若ければ『そういうもの』も目指せたかもしれませんが、私もすでに三十一。ここから何か始めるには遅すぎましょう」

「これは異な事を申されますな。歴史を知っている王倫殿ならばそれより上の年齢で大成たいせいした人物位知っておいででしょうに」


 確かに老氏ろうしげん正論せいろんだ。年齢は言い訳に過ぎないと言われた訳である。……王倫は重くなりかけた口を開いた。


「お恥ずかしい話ですが知識があるのは官吏を目指して勉学にはげんだ時期があるからに過ぎません。しかし結局は科挙かきょに失敗続きでその意欲いよくも失ってしまいました」


 馬鹿ばかにされるかさげすみの目で見られるかと彼は思った。なぜこんな事を話してしまったのかとも。だが二人はそんな様子は一切見せなかった。


「では科挙に合格していれば英雄を目指した、もしくは目指せた、と?」

「……」


 王倫は無言で首を振る。


「そうではないのです先生方。言うなれば私は最初から理想りそうなど持っていないのですから」


 副頭目の三人にも話した事のない胸の内をたった数日前に知り合った二人に素直に話し始めた自分自身に驚く王倫だった。


 官吏を目指したのも安定した生活のためだけ。本当の姿は小心者の上、猜疑心さいぎしんにあふれ、見栄みえ虚栄心きょえいしんで行動する。そんな陰険いんけんな自分が英雄になどなれるはずもないのはよく分かっている事だとあきれながら説明したのだが、


「ふむ、それは妙ですな。私の知る英雄の中には王倫殿のいう性格のような者がおりますぞ」


 と返ってくる。


「何を馬鹿な。こんな私ではせいぜい悪徳あくとく官吏かんりでしょう。気を使ってなぐさめていただかなくとも……」

「慰めなどではありません。事実始皇帝や劉邦も当てはまります。他にもおりましょうな」

「は? 始皇帝や劉邦がですか?彼等のどこが私と重なるというのですか」


 王倫はさすがにそれはないと否定した。


「猜疑心の部分では彼等の方が王倫殿よりひどかったと思いますぞ。まぁ、『晩年ばんねん』の事で『国がかたむく』要因よういんと考えられる位には」


 するとそれまで黙っていた若氏じゃくしも口を開く。


短気たんきさと残虐性ざんぎゃくせいでは王倫殿より項羽の方が酷かったとも言えましょう」

「え…… え?」


 王倫は話の流れが歴史上の偉人いじんの性格が自分よりも酷かったという、予想もしなかった展開てんかいになり目を白黒させた。

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