第七十三回 獣医の入山と姫君の才覚

 秋。梁山泊りょうざんぱくではるいを見ないめぐみ季節きせつむかえていた。農作物のうさくもつはどの種類もよくみの大豊作だいほうさく漁業ぎょぎょうはどれも大漁たいりょう大収穫だいしゅうかくの状態で人々ひとびとは自然に感謝した。しかしこれは梁山泊の中だけの出来事であり、そとでは悪徳官僚あくとくかんりょう跋扈ばっこに重い税金、作物の不作ふさくなどがあいも変わらず続いている。


 世間せけん治安ちあん悪化あっかを受けて付近ふきん存在そんざいする山々やまやまなどには、新たなぞく根城ねじろかまえたらしいという情報なども入ってきていた。梁山泊を知る者からすれば世間との差は歴然れきぜん。さらに人材面じんざいめんでも育成いくせいによる成長、新しい人材の参加などにより、全国でみても抜きん出た勢力せいりょくになりつつあった。


 皇甫端こうほたんも新たに参加した一人である。



 ※皇甫端

 あだ名はあおと赤いひげという容貌ようぼうに由来する紫髯伯しぜんはく。馬などの家畜かちく・動物を専門に獣医じゅういである。



 馬の売買ばいばい担当たんとうしていた燕順えんじゅんがその過程かていうわさを聞きつけ見事みごと梁山泊入りを実現じつげんさせた。獣医の腕は確かであり、梁山泊の飼育しいくされている動物の健康状態を一手いってに引き受ける存在となる。また、動物に関わるという事で桃香とうか瓢姫ひょうきにもなつかれた。


 桃香達は人間で言えばすで四歳児よんさいじに近い状態で、阮小二げんしょうじの娘とはとしの近い姉妹しまいのようにごしている。立場が逆転するのも間近まぢかだろう。


 そしてこの姫君達は早くもその才能の片鱗へんりんを見せ始めた。本格的に書物や武芸に興味きょうみを持ち始めたのである。桃香は昔から物語ものがたりが好きで読み聞かせを喜んでいたが、最近ではみずから読んでいるような光景を目にする事も多くなった。分からない文字は誰かに聞いているらしい。


 それだけではなく皇甫端の作業に積極的せっきょくてきについていき、さらにはその内容を覚えているようだと驚愕きょうがくの報告がなされた。彼はためしにある動物が怪我けがをした時の対応を見せ、後日それを質問してみたが間違いのない答えがすぐに返ってきたという。


 王倫おうりん呉用ごようと相談し、現在の梁山泊ではあま気味ぎみになっている書物、青嚢書せいのうしょを皇甫端にたくし理解できる範囲はんいで桃香へ教育して欲しいと頼んだ。


 一方いっぽう瓢姫は湯隆とうりゅうの工房に通い大人達に向けて用意された武具の機能、性質せいしつなどを理解して見せた。体格は子供なので取り回しにはなんありと見た湯隆は瓢姫に合わせた弓と棒を作成して渡すとすごく喜んだ。武器の概念がいねんも理解しているようでそれを他人たにんに向ける事もしなかった。


 この出来事は林冲りんちゅう楊志ようしをはじめ、索超さくちょう花栄かえいなど瓢姫には武の才能があるのではないかと感じていた者達を大層たいそう感心かんしんさせる。


 皆、自分の鍛錬たんれんを見に来ては真似まねている瓢姫を可愛かわいがり、助言じょげんなどもしていった。口数くちかずが少ない所は変わらずも、吸収きゅうしゅうしようとする姿とその成長には皆驚かされた。


 それらをまえて公孫勝こうそんしょうは王倫に言う。


「あの姫様達はとんでもないですぞ。が師匠が入山を承知した理由がやっと分かり申した」

「と、言うと?」

仙人せんにんの子とあって正に才能のかたまり人間ひとからすれば関われるだけで名誉めいよな事。しかし善悪ぜんあくの道は示してあげねばなりません。道をあやまれば人に害をなす存在になってしまいましょう」

「ふむ。それは親代わりの私からしても良く思いませんな」


 だが梁山泊で育った二人ならその心配はないと王倫は思う。なにせ南斗聖君なんとせいくんから頼まれての事なのだ。それは見越みこしていただろう。


「王倫様を始め梁山泊の面々めんめんから影響を受けるならその心配はないかと考えますが、能力部分でも影響を受けるとなると仙人の中でもぐんを抜くかも知れませぬ」

「え?」

「我が師匠もそれに一枚いちまいみたいのです。最初に見た時から姫様達の器を見抜いていたのでしょう」


 公孫勝の師、羅真人らしんじん一年いちねんてばまた梁山泊をおとずれると言った。それは二人の準備がととのう期間を見越しての発言だったものと思える。


「師匠が来るまでもう少し。それまでにも姫様達はさらに成長している事でしょう」

「今までの成長ぶりからその時には六歳位になっておりますかな」

「そうだ。成長と言えば……」


 公孫勝は思う。白勝はくしょうを始めとする情報じょうほう将校しょうこう達の中にはいまだ読み書きを敬遠けいえんしている者達がいる。この部門ぶもん、なぜか元は博徒ばくとというような経歴けいれきの者が多い。優秀な成果を持ってくる事もあるが、そうじて学問がくもんぎらいというこの部分を改善かいぜんできればさらに高度こうど連携れんけいも可能になるだろう。そうなれば呉用の計画にも大いに役立つはずだと。


 公孫勝は呉用の覚悟かくごを知っているので、そこはせつつ彼等かれら自発的じはつてきにやる気を起こさせる良い案がないかと王倫に相談するのだった。

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