第十九回 楊志入山

 みやこ復職ふくしょくに失敗した楊志ようし王倫おうりんから派遣はけんされていた宋万そうまん梁山泊りょうざんぱくに戻ってきた。楊志は宋万が都にいる理由を聞いてそれが王倫の指示しじだという事は理解りかいする。


 王倫は林冲りんちゅう一件いっけんから高俅こうきゅうの性格を分析ぶんせきし、『資金』と『楊志にてた手紙』を宋万に持たせた。


(……高俅は以前の私とよく似ている気がする。林冲以外にも自分が仕打しうちを受けたといううらみからほか師範しはんをも逃亡とうぼうさせたというし、果たして任務を失敗して逐電ちくでんした者を復職させるだろうか? もし他人の罪にうるさく、優れた特技を持つ者に嫉妬しっとする性格ならば逆に楊志殿が危険になるかもしれない)


 王倫はこう読んだ。さいわい捕らわれるような事はなかったが、楊志は手持ちの金子きんすを配り尽くし、ごろつきの牛二ぎゅうじからまれる展開になっていた。しかし居合いあわせた宋万の咄嗟とっさ機転きてんにより、楊志が牛二を斬り罪人ざいにんになってしまう危機きき回避かいひされた訳である。


 楊志は上手うままわるときは回るものよと感じ入り、渡された手紙を見るもののその内容は想像とは違い、ただ『武官のほまれ』と書いてあるのみであった。


 宋万もその内容に首をかしげていたが、ここまで色々気を回す王倫が意味のない事をするとは思えず、楊志はその『たった数文字』と真剣しんけんに向き合う。そしてもう一度王倫に会う必要があると考えた。


 宋万が山寨さんさいに戻った事で梁山泊は久しぶりに王倫、杜遷とせん朱貴しゅき、宋万、林冲がそろう。そこに楊志も顔を見せたので当然のごとうたげもよおされたのだが、楊志にはすでおどろかされていた点があった。


 手下達の連携れんけい練度れんどさら向上こうじょうしており、士気しきの高さも維持いじされている。そしてそれは頭目達にも見て取れる事が出来た。


「む、これはうまい! 都でもこんな料理は食べた事がありませんぞ」

「それは私が考案こうあんした料理ですね」

「!? 朱貴殿が?」

「私だけではなくそっちのはこの杜遷、それが宋万でこれはなんと林冲の奥方殿の案」

「な……」

「いえね。首領が言うんですよ。折角せっかく良い食材がとれるようになってきたのだから、他では食べる事のできない料理でも考案してくれないか、と」

「何か狙いが?」

「さぁ? 首領はいずれ分かるとだけ。あ、ちなみに今口にしたのは首領考案の料理です。さらにつけ加えると林冲殿の案は今のところ全却下ぜんきゃっかされてます」

「……いやはやお恥ずかしい」


 一同に笑いが起きる。恥ずかしそうに笑う林冲の横ではその妻も楽しそうに笑っていた。


(あの林教頭のこんな姿などまず見られるものではないだろう。それ程までにここは)


 そう。平穏へいおん活気かっきちていた。


「寨に活気が満ち、心に余裕よゆうが生まれれば笑い合う事も出来よう?」


 王倫が言った何気なにげない一言。だがあの林冲が皆にいじられて笑っているのだ。説得力はある。しかしその説得力は王倫のただよわせる風格ふうかくが生み出しているのではないかと楊志は思った。


(武官の誉れ……王倫殿は科挙かきょに落ちたのだったな。受かれば文官ぶんかんになっていたはずだ。では彼ならさしずめ文官の誉れ、か。いや、今の彼ならそんなもの無くても十分……!)


 楊志は何かに気付いた。


(そうか。戦場で手柄てがらをあげるのが武官のつとめ。だがそれはきちんと功績こうせきを認める者がいてこその誉れ。高俅の様な者が上官ではそれもかなわぬ)


 対して梁山泊はどうか?


(ただの賊と思い込んでいたその視野しやせまかった。俺の未来は復職次第と何故なぜめつけていた? 梁山泊の面々めんめんが関わった時、俺を状況じょうきょうは全て好転こうてんしていたではないか!)


 決断した楊志の行動は早かった。その宴の最中さいちゅうであるのにもかかわらず、


「王倫殿!」

「何ですかな楊志殿?」

貴殿きでんから頂いた武官の誉れとの言葉、今この楊志の胸に深く刺さりましたぞ。この上はその責任せきにんをとって頂きたい!」


 皆何事かと静かになり王倫と楊志に注目ちゅうもくする。


「責任? この王倫に何をせよと?」

「ふふふ。分かっていておっしゃる。決まっているでしょう。この青面獣せいめんじゅう楊志を梁山泊の末席まっせきに加える事です! 是非ぜひ!」


 その瞬間しゅんかん。周囲から歓声かんせいがあがり宴はそこから飲み直しになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る