第九十九回 怪しい者達

 羅真人らしんじんは部屋で瞑想めいそうをしていた。そこへ公孫勝こうそんしょうが訪ねてくる。なにやら急ぎの様子だ。


「お師匠様大変です。先程妙な気を感じました」


 羅真人は目を開ける事なく答える。


「……一清いっせいも感じたか」

「ではやはり?」

「……」


 しばしの沈黙ちんもくの後羅真人は目を開け立ち上がった。


「果たしてこれは誰への試練しれんとなるべきものなのか。一清よ、出かける支度したくをするのだ」

「すぐに」



 その頃、この日の観劇かんげきを終え山寨さんさいへ向かっていた王倫おうりん鄭天寿ていてんじゅ瓢姫ひょうきだったが、その後を怪しい男達が尾行びこうし、さらにその後を貂蝉ちょうせんふんした白秀英はくしゅうえいが尾行していた。白秀英は王家村おうかそんから離れる方角ほうがくに進む王倫に疑問を持つ。


(一体どこへ向かうのかしら。あの男達、王倫様の知り合いという訳ではなさそうね……)


 彼女は咄嗟とっさに身一つで飛び出してきてしまった事が不安になった。手に持つ玉錘ぎょくすいは見た目こそ武器だが演劇用の小道具でしかない。王倫の身に危険がせまっている。そんな予感に従ってついてきてしまったが、そういう事には本来縁のない生活で当然不慣れだ。


 ……なので彼女もまた、自分が尾行されている事に全く気付かないでいたのである。



爸爸ぱぱ


 瓢姫が王倫のそばに居る理由。もちろん大好きだからという意味はあるがそれだけではない。現在では護衛の目的も彼女なりに抱いていた。そしてそんな彼女は真っ先に尾行している男達にも気付いていたのである。


 結構な人数がいるときかされ鄭天寿は不安そうだった。瓢姫が腕が立つのは知っているがなにせ三人とも丸腰まるごしなのだ。それに加えて王倫も鄭天寿も武芸の腕前はからきしと言ってよい。


 木々きぎまばらにえ、しげみにより人目につきにくい路上ろじょうでそれは起きた。尾行してきた男達がその姿を現したのだ。


「……王倫だな?」


 男の一人が問いかけてくる。男達は皆同じ様な格好かっこうをしていたが気品は感じなかった。ひとつ目を引く点は白い鉢巻はちまき。そのひたいの中央部分に「目」のような模様もようがかいてある。まるでそれが第三の目のようで不気味さを感じさせた。


 瓢姫は王倫と鄭天寿の前に立ち、鄭天寿はもしもの時は梁山泊に必要な王倫を守るためその身を盾にする覚悟だ。


「へへっ、一緒に来てもらおうか。それが嫌ならここで死んでもらう事になるが」


 王倫と鄭天寿は気付いた。奴等の視線……それは鄭天寿に集中している事に。


(奴等は私を王倫様だと思っているのか!)


 男達は全員剣を抜いて臨戦態勢りんせんたいせいだ。瓢姫は身構えもせず無表情で、その思考を鄭天寿に読み取る事は出来ないが王倫と同じく梁山泊の宝なのは理解している。怪我けがなどさせたくはない。


「わ、私に用があるのだな? いいだろう。だがこの二人には手を出さないでもらいたい」


 勇気をしぼり交渉しようとした。


「王倫が来てくれるなら他の二人には用はない」

「そうか、なら」

「そっちの男には死んでもらってそこの女には俺達の相手をしてもらおうか」

「な、なんだと?」


 周囲の男達から下卑げびた笑いがれる。それでは鄭天寿の交渉は意味をなさない。その時。


「お待ちなさい!」


 そんな声と共に一人の人物が茂みから飛び出てきて男達の前に立ちふさがった。


「……貂蝉のお姉ちゃん」


 瓢姫がぽつりと言う。それは白秀英。想いを寄せる王倫(鄭天寿)と、顔見知りになった瓢姫が悲惨ひさんな目に合おうとする場面に我慢がまんならず感情的かんじょうてきになって出てきてしまったのだ。


 芝居用の小道具玉錘を男達に向け言い放つ。


「この玉錘のさびになりたくはないでしょう? 逃げると言うなら見逃してあげますわ!」


 瓢姫は白秀英のひざふるえているのを見逃さなかった。……それ以前に舞台でいつも見ている貂蝉とは言い回しもおかしい。


 まいでも始めるのかという露出ろしゅつのある衣装いしょう。なにより瓢姫より女らしい身体。最初は呆気あっけにとられた男達だったがすぐに笑みに下卑さが増した。


「行きがけの駄賃だちんまで来やがった!」


 瓢姫は首をかしげる。『まだ』周囲に人の気配があるのだ。白秀英は王倫(鄭天寿)に舞台の悲恋さながらの台詞せりふを投げかけている。


「俺、最初にこの姉ちゃんな!」

「ひっ!」


 ついに男達が動いた! 白秀英の虚勢きょせいなど通じる訳もない。


『ジャーン! ジャーン!』


 だがその瞬間、周囲から銅鑼どらの音が鳴り響く! 男達は白秀英の時より驚いて動きを止めた!


 茂みから一人の男が出てくる。緑色の戦袍せんぽうに身を包み長いひげあかがお。手には青龍偃月刀せいりゅうえんげつとうを持っている。


「……げえっ関羽かんう


 なぜか瓢姫がつぶやいた。

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