第百十五回 愛馬との出会い

 その部屋には熱気ねっき渦巻うずまいていた。


「この陣形じんけい八門金鎖はちもんきんさの陣と言いまして入口が八つある所が大きな特徴です。こちらからきゅうせいしょうけいきょうかいの八門」


 説明しているのは神機軍師しんきぐんしと呼ばれる朱武しゅぶ。真剣に聞いているのは王倫おうりん呉用ごよう首脳陣しゅのうじん林冲りんちゅう楊志ようし王進おうしんと言った兵を指揮する大将格の立場の者達で梁山泊りょうざんぱくのそうそうたる顔ぶれ。


「古くは孫臏そんぴん考案こうあんしたと伝わっています。生、景、開から入れば我が軍に有利ですが、傷、驚、休から入りこむと傷つき、死と杜から入りますと軍は全滅ぜんめつします」

「……それはすさまじいな」

「しかし三回に一回は有利になるってことだろ」

「そんな運任せな戦いが出来るものか!」

「まてまて。朱武殿の続きをきこう」


 朱武は頷く。


「他の陣形にも言える事ですが、数多あまた兵家へいかが登場し研究を重ねたことでこれらは時代と共に変化していったのです」


 陣形図に手を加える。


「今中央に加えたものは龍眼りゅうがんといいのちに付け加えられたもの。三国時代さんごくじだいの将、曹仁そうじんがこの形の八門金鎖の陣を使用した記録があります」

「龍眼か……強そうだな」

「ははは。しかし曹仁自身は陣形への造詣ぞうけいが浅かった為、敵に生門から景へと抜けられ陣形を乱し敗走したそうです」

「この形を見抜いた奴がいるのか……」

「破り方は昔のままだったんじゃなぁ」

「知る奴がいないって思ってたってことだろう」


 朱武が相槌あいづちを打つ。


「まさに。その後、同じ時代の魏の司馬懿しばいしょく諸葛亮しょかつりょう対峙たいじした時に諸葛亮がこの陣で司馬懿を挑発ちょうはつしています」

「諸葛亮が!? でも司馬懿ならさすがに知ってるだろう」

「司馬懿はどうしたんだ? その挑発に乗ったのか?」


 皆の食いつきが王倫の三国志講談の様になってきた。朱武は息を吸い込む。


「乗りました。そして……」

「そして……?」

「散々打ちのめされてほうほうのていで本陣まで逃げ帰り、以後諸葛亮相手には守りを固め徹底して持久戦の構えをとるのです」


 驚く声があがる。


「司馬懿程の男が知らなかったのか?」

「いいえ。当然知っていました。ですが諸葛亮はこれを独自の陣形へと昇華しょうかさせており、司馬懿はまんまと誘いこまれた形になったのです。これは「奇門遁甲きもんとんこう」または「八門遁甲」の陣という名で呼ばれていますが……」

「陣形に通じる朱武殿なら当然知っているのでしょう?」

「いや、それが中々不明な点も多く……面目次第めんぼくしだいもありませぬ」


 とにもかくにも皆色々と得られるものがあり講義は盛況だった。最後に王倫が戦場を俯瞰ふかんして見る者と前線に立つ指揮官の連携の重要さをき、指揮官は指示を見落とさず、出された指示に対しては兵を素早くまとめて手足のごとく扱う事が肝要かんようと説いて締めくくる。



 講義が終わると見晴らしの良い場所から梁山泊を眺めて今の話を自分の中に落とし込もうとする王倫。呉用と朱武もついていった。


「もしあえて陸で戦をするならあの場所あたりが適当でしょうな」

「敵もこちらも条件によるとは思うが、では例えば……」

「その場合はこう動いては如何でしょう」


 ここでも話を咲かせた三人はその場で解散し、帰路きろを歩く王倫。やがて道の先に一頭の馬がいて草をんでいるのが見てとれた。


「うん? あの白い馬は桃香とうか白籟はくらいか? ……くしゅん!」


 突然くしゃみをし馬から目線が外れた王倫。反射的に口もとへ持っていった自分の手を見た後再び先程の馬へと視線を戻す。


「やややっ?」


 白籟の姿は見当たらず、今度は黒い馬が一頭でいるのが見受けられる。


「あれは瓢姫ひょうき黛藍たいらんか。では白籟はあの間に何処どこに行ったのだ?」


 黛藍も先程の白籟と同じように草を食んでいた。その時、


「あ、爸爸ぱぱだ。爸爸ー!」

「……爸爸発見。拘束こうそくする」


 乗馬した桃香と瓢姫が王倫を見つけて後ろから駆けてくる。各々おのおの自分の馬に乗って。


「!?!?」


 王倫は二人と見つけた馬を交互に見比べる。王倫に追いつきその戸惑う視線に気付いた二人はその先を追い彼が見ていた馬を視界に捉えた。


「あ、白籟、爸爸がいるよ!」

「黛藍、爸爸のとこ行こう」

「え? 私はもう一緒にいるで……」


 言うが早いか二人と二頭は王倫を置いて先に行く。


「……ぴえん」


 一瞬悲しくなった王倫だったが、二人があの馬の所で止まったので彼も走ってそこまで行った。そこで王倫は衝撃を受ける。……先程の馬を正面から見た為だ。


「爸爸、紹介するね。私達の友達で白籟と黛藍の爸爸」


 その馬は顔の中心を境に身体も右半身が白、左半身が黒という非常に珍しい配色をしていたからだった。


(そう言えばくしゃみの後は頭の位置が逆だったな。向きを反対に変えていたからか)


 体格も親というだけあって近くで見比べると違いが一目瞭然いちもくりょうぜんだ。


 余談ではあるがこれが後に「哮天こうてん」と名付けられる王倫の愛馬との初めての出会いである。この馬は野生馬ではあるが自分の子と親しい桃香と瓢姫に対しては大人しく、燕順えんじゅんはその存在を知った後色んな方法で捕獲を試みたがそのことごとくが失敗に終わっていたらしい。


「やっぱりすごいね爸爸は」

「お前達と子供がいるからではないのか?」

「そんな事ないよ! 他の人だと見ただけで逃げるもの」

「……燕順さんが見たら悔しがる」

「む……それはそれで面白そうではあるな」


 瓢姫にのせられ王倫もいたずら心がくすぐられる。


「あ、これは首領。首領が乗馬とはめず……!? え!? ええ!? えええ!?」


 燕順は理解不能と言った表情で首が壊れたかの如く王倫と馬の顔に視線を上下させるという反応を示し、王倫と瓢姫は大笑いした。


 その頃、母親の為に庭で薪を割っていた公孫勝こうそんしょうの所に師である羅真人らしんじんが訪れる。


一清いっせい孝行こうこうしておるな」

「これはお師匠様。はい。荒れた世が嘘の様に感じる程ここの毎日を有難く感じております」

「そうか。……今日はな、お前に儂の昔話をしてやろうと思ってやってきた」


 公孫勝はすぐに羅真人が座る場所をととのえ、師にお茶を用意して手前に座り聞く準備を完了させた。


「してお師匠様。一体いかようなお話で?」

「以前儂に弟子入りを希望した者がいた。だがその者には魔心ましんがあるとわかったのでそれを断った事があるのだ」

「魔心……ですか?」

「うむ。その者の潜在能力はお主に匹敵ひってきするかあるいはそれ以上」

「!?」


 公孫勝もさすがに顔がこわばる。その者、名を喬冽きょうれつ道号どうごう道清どうせいと言った。

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