第九十一回 二竜山の面々

 梁山泊りょうざんぱくを出発した林冲りんちゅう戴宗たいそう神行法しんこうほうのおかげで問題なく二竜山にりゅうざん到着とうちゃくできた。首領しゅりょうの一人、魯智深ろちしん義兄弟ぎきょうだいの林冲が来たと知り喜んで迎えてくれる。二人は再会を喜びお互いの状況じょうきょうを伝えあった。



※魯智深

 本名は魯達ろたつ。あだ名は花和尚かおしょうで、「花」は刺青いれずみし全身に刺青があったことに由来ゆらい筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとした巨漢きょかんで、やなぎの木を根っこごと引き抜き、素手すで山門さんもん仁王像におうぞうをバラバラに粉砕ふんさいしてしまうほどの怪力かいりきの持ち主。得物えもの六十二ろくじゅうにきん禅杖ぜんじょう(錫杖しゃくじょう)。


 元は渭水経略府いすいけいりゃくふ官吏かんりだった。持ち前の義侠心ぎきょうしんから、旅芸人たびげいにん父娘おやこを苦しめる悪徳あくとく長者ちょうじゃ撲殺ぼくさつしてしまい逃亡者とうぼうしゃとなる。のち官憲かんけん追及ついきゅうのがれるために出家しゅっけすすめられ決意けつい


 入門した仏門ぶつもん名山めいざんである五台山ごだいさん長老ちょうろう智真ちしん見込みこまれて、師匠ししょうみずからの一字を取った智深という戒名かいみょうさずかる。しかし魯智深は二度禁酒のいましめを破り、泥酔でいすいして寺に帰り大暴れした為、智真長老はやむなく破門はもんし、兄弟弟子の智清ちせい禅師ぜんしがいる東京とうけい開封府かいほうふの寺を紹介した。この際にを授けている。


 開封府に向かう道中で、桃花村とうかそん庄屋しょうやを困らせる桃花山の山賊、李忠りちゅう周通しゅうつうらしめた。


 開封府の寺では菜園さいえん番人ばんにんを命ぜられ、野菜やさい泥棒どろぼうたちをたたきのめして舎弟しゃていにし、さらに禁軍きんぐん教頭きょうとうつとめていた林冲と意気投合いきとうごうし義兄弟のちぎりをわす。


 ところが、義弟ぎていになった林冲が無実むじつつみ流罪るざいとなり途中とちゅうころされそうになるとこれを助けたため、再び逃亡生活に入る。道中出会った曹正そうせいと二竜山にこもっていた盗賊らをたおしてそのまま首領しゅりょうにおさまっていた。


※偈

仏典ぶってんのなかで、ほとけの教えや仏・菩薩ぼさつとくをたたえるのに韻文いんぶん形式けいしきべたもの。



 林冲は自分を助けたばかりに波乱はらんな人生を送っている魯智深にびてなみだを流した。


「よせやい。すべては自分で決めた事だ。それよりも林冲が幸せそうで良かったぜ」

「ええ。私も魯智深の義兄あにき行方ゆくえが分かり安堵あんどしました」


 この山には武松ぶしょうと言う好漢こうかんもおり、林冲は晁蓋ちょうがいからの言伝ことづてつたえる。


貴殿きでんが武松殿ですか。晁蓋殿が兄の所に行くと言っていたはずなのに、と心配しておりました」

「晁蓋殿が……」



※武松

 するどい目と太いまゆをもつ精悍せいかんな大男で、無類むるいの酒好き。拳法けんぽうの使い手であり、行者姿ぎょうじゃすがたになってからは二本の戒刀かいとうもちいた。あだ名はその修行者の姿から行者ぎょうじゃ


 酒のためあやまって役人を殺したという理由で柴進さいしん屋敷やしきに身を寄せかくれていた。そこで逃亡してきた宋江そうこうと出会い義兄弟の契りを結ぶ。


 その、殺したと思っていた役人が実は失神しっしんしていただけということが判明はんめいし、故郷こきょうへ帰る途中とちゅう人食ひとくとら退治たいじしたことによりその県の都頭ととうに取り立てられる。


 その街には偶然ぐうぜん、兄の武大ぶだいが住んでいたが、その兄は武松の任務にんむによる留守中るすちゅう毒殺どくさつされてしまう。彼は仇討あだうちを果たしたものの孟州もうしゅうへの流罪となった。


 護送中ごそうちゅう、立ち寄った張青ちょうせい孫二娘そんじじょう夫婦ふうふ経営けいえいの酒場で一悶着ひともんちゃくこし知り合いとなり、孟州では典獄てんごくの息子でありさか顔役かおやくであった施恩しおんの世話になる。


 しかしその後施恩と盛り場をめぐ対立たいりつしていた一派いっぱうらみを買い、これを返り討ちにして逃亡。途中、張青夫婦と再会し魯智深、曹正のいる二竜山を勧められた。その際に追手おってから逃れるため修行者に変装へんそうし、これがあだ名の由来となっている。後に張青、孫二娘、施恩も合流し、彼等とも義兄弟となった。



 武松の壮絶そうぜつな体験に林冲と戴宗も絶句ぜっくしている。


「林冲様、私の事は覚えておいででしょうか? 曹正です」

「……すまないが……」

「はは。まぁあの時は他に大勢おおぜいいましたしね」



※曹正

 あだ名は操刀鬼そうとうきで、代々だいだい肉屋の生まれであり、その包丁ほうちょうさばきが見事なことに由来する。


 元々は東京開封府に住んでおり、八十万禁軍の武芸師範ぶげいしはんだった林冲から武芸を学んだことがあった。



 魯智深と武松に他の面々めんめんも紹介された林冲と戴宗はその日、二竜山での一夜を明かす。彼等はもう数日の滞在たいざいを望んだが、林冲と戴宗のかかえる事情を知らされていたので名残なごりしそうにではあるがあきらめてくれた。


 しかし梁山泊が提案ていあんした話には賛同さんどうし、近隣きんりんの山の山賊にも話を持ちかけてくれるという。


「桃花山に関しては李忠達だし俺に任しておけ。白虎山びゃっこざんもまぁ……なんとかなるだろ!」


 方針ほうしんの決めかたも王倫おうりんとは違い魯智深という人物らしくよく言えば豪快ごうかい、悪く言うならあさはかだった。


(そうか。軍師をになうような人物がいないからだ。梁山泊で言うなら義兄上あにうえ呉用ごよう殿などか)


 林冲は同じ賊でもその毛色けしょくの違いを感じる。いや、みずからが身を置いている梁山泊が異様いようすぎなのだ。


(だがそれゆえにうちの強大さが分かる)


 今にして思えば、飲馬川いんばせんの勢力が王倫の情報開示じょうほうかいじだけで合流したのも真摯しんし態度たいどだけが要因よういんではなかったのだろう。王倫はその情報を知った相手の心理しんりまで読みきっていたのではないか。


(もしそうならとてもじゃないが真似まねなどできん)


「そのかわりに……と、いう訳でもないんだが」

「?」


 林冲が義兄(王倫)の思惑おもわくに気付くと同時に、余力よりょくがあるならでかまわない。魯智深はそう前置まえおきした上で史進ししんという男を気にかけていると切り出したのだった。

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