第二十八回 迷う王倫

 林冲りんちゅう達が白勝はくしょうとその妻を救出きゅうしゅつして梁山泊りょうざんぱくへと戻ってきた。正確には白勝もその妻も拷問ごうもんを受け負傷ふしょうしていてみずから動けないので運んで来た訳なのだが、救出したのはあくまで形的かたちてきにそうなってしまっただけで本来の目的をたした事には変わりない。


 だが次々つぎつぎと入ってきた続報ぞくほうにより、白勝から聞き出したかった情報はすでに明らかになってしまっており、とりあえず夫婦ふうふ怪我けが治療ちりょうするため部屋を用意しそこで安静あんせいにさせる事にした。


「さて、これからどうするかだが……」


 王倫おうりん口火くちびを切る。


機先きせんせいして東渓村とうけいそん急襲きゅうしゅうするのはどうでしょうか?」

「白勝と身代金みのしろきん交換こうかんしては?」


 いくつかの意見が出てきたが、あまり賛同さんどうできそうな意見ではなかった。


「白勝が白状はくじょうした事で役人は間違いなく動くだろう。晁蓋ちょうがい達がこの動きをつかめるかどうかだな」


 憲兵けんぺいと梁山泊軍が鉢合はちあわせになればそのどさくさで逃げられてしまう可能性がある。それは面白おもしろくない。


生辰網せいしんこうをおさえるにしても強引ごういん手法しゅほうけたいというのが私の意見だ」


 王倫が言うと皆考え込んでだまってしまう。


「だが、極論きょくろんで言うなら憲兵と戦うよりは晁蓋達と戦う方がましといえような」

「役人に生辰網を渡したくないと言うのですね?」

「そうだ。それは皆も同じだろう」


 全員がうなずく。


「晁蓋らがどういった目的があってこれをねらったかは分からぬ。それでもこの状況を利用する手がない訳でもないのだが……」


 王倫の態度たいどはどこかえ切らないように見えた。


「……義兄あにき、もしよごれ役が必要ならば俺に任せてくれ。だからその考えを聞かせてくれないか?」


 楊志ようしが何かをさっして問いかける。


「晁蓋らにとって事が露見ろけんしたとあれば、次に必要なのは安全な場所となろう」


 みなそれに対して異論いろんはさまない。


「役人の手がおよばず東渓村から離れていない場所と言えば……」

「! この梁山泊!」

「そうだ」

「待ってください義兄上あにうえ


 林冲りんちゅう疑問ぎもんていす。


我等われら世間せけん評価ひょうか山賊さんぞくです。そんな所に十万貫もの財宝を持ってやって来たりするでしょうか?」

「来ないだろうな。だがこちらから持ちかければどうだ?」

「!? こちらから……ですか?」


 林冲はしばらく考えるが……


「いや、やはり無理でしょう。普通ならば捕らわれて奪われる事を考えるはずです」


 こう否定ひていした。


「やってみる価値はあるかもしれないぞ義兄。もし何も考えずに来たならもうけものだ。その時は俺がそいつ等をってやる」


 自分のせいで奪われたと思っている楊志は汚れ役でもやりげる覚悟かくごだ。


「私も普通ならば来ないと見る。だがもし考えなしではなく考えあってあえて来たのだとしたらそれは……」


 王倫は最後まで言わずに言葉をにごした。


「いや、いい。すまない、今日の所は考えさせてくれ。こちらには晁蓋一味の白勝の身柄みがらもある。何か案が浮かぶかもしれん」


 その後彼は天命殿てんめいでんこも思索しさくにふける。


(もしも安全な土地を奪うつもりで乗り込んできたなら……私をふくめ仲間にも危険がおよぶかもしれぬ)


 そして王倫は寝室でその危惧きぐした内容よりも物騒ぶっそうな夢を見る事になった。

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