第六十六回 実現

 いよいよ大将戦たいしょうせん。残るは楊志ようしたい祝彪しゅくひょうのみとなった。戻ってきた祝竜しゅくりゅうるものがあったようでみの動作どうさ反復はんぷくしながら時折ときおりなにやらつぶやいている。その感覚を忘れないうちに身につけようとしているのだろう。


「息子達がこうまで相手にならないとは……」

「私の教え方がいたらないばかりで申し訳ありません」

「何を馬鹿ばかな。貴殿きでん達人たつじんなのは私も息子達も百も承知しょうち純粋じゅんすいに相手のかくが違ったまでの事」


 祝朝奉しゅくちょうほうは息子達が最初から相手にならないと欒廷玉らんていぎょくが言っていた事を思い出して気にしないように伝えた。


「で、彪の相手はその楊志殿。いかに彪とは言え勝てぬのでしょうなぁ」


 祝朝奉は祝彪を見る。祝彪は無言むごんで棒をいじっているようだ。


口数くちかずが減るどころか無言になってしまっておる。彪らしくない」


 蒙恬もうてん迫力はくりょくまれたのだろう。欒廷玉もあせった程なのだから無理もない。


(兄貴達が簡単に負けた。そして俺の相手は先生が気にしていた程の男)


 祝彪の本音ほんねを言えばそれなりに相手出来るという自負じふはあった。祝家荘しゅくかそう三兄弟の実力を見せつける機会きかいにしたかったという思いがあったのだ。良い師範しはんに恵まれ、後は師匠ししょうを追い越すだけだと。


 だが自分の信じる世界がいかにせまかったかを思い知らされた。


(ああ……俺は皆に保護ほごされていた上で天狗てんぐになっていただけだったんだな。このおよんでまだ自分だけは兄貴達と違っていい勝負が出来るんじゃないかって思ってる)


「本当は武の世界に生きる資格しかくなんてまだ持ってすらいなかったのかもしれないな……」


 祝彪はそんな事を考えながら青面獣せいめんじゅう楊志と対峙たいじする。


(不思議ふしぎ恐怖きょうふは感じない……そりゃそうか。これも保護されてる世界での出来事できごとなんだからな)


 祝彪はかまえた。その姿に欒廷玉も楊志も祝彪に妙な違和感いわかんを感じた。


(楊志殿と彪の力量りきりょうには大きな開きがある。それは今この瞬間しゅんかんめられるものでは無いが今の彪にはいつにも増して覇気はきがない)

(なんだ? やる気がない訳ではないようだが妙にさとったようなこの表情。何か考えがあるのか?)


 結局。何も出来ずに楊志にこてんぱんにされる事になった祝彪。力も技も速さもその全てで自身の上をいかれたのである。


「はぁはぁ……ぐうの音も出ません。貴方と渡り合える様な好漢こうかんがまだ世間せけんにはごろごろいるんですか?」


 楊志は林冲りんちゅう索超さくちょうの顔を思い出した。


「いるな。多分私の知らない相手も数えればもっといる。それこそごろごろと」

「そうですか……もっと精進しょうじんします。ありがとうございました」


 調子に乗っていた祝彪はすでに何処どこにもいない。欒廷玉は祝彪の変化に気付いた。


「彪よ」

「先生。世間は広いのですね。私は外の世界に興味を持ちました」

「……そうか。彪はまだまだ強くなれるぞ」

「精進します」


 師弟していに多くの言葉はいらないようだ。だが欒廷玉と同じ事を思ったのは花栄かえい秦明しんめい、楊志もだった。


彼等かれらは強くなるぞ。我が弟子の黄信こうしんにも見せてやりたかったな」

「そう言えば秦明の言っていた思いつきってなんだったんだ? 祝竜殿に教えた下半身の重要さの事か?」


 楊志が聞く。


「ん? ああ。それはこれからだ。二人も楽しめると思うぜ?」


 秦明はにやにやしながら欒廷玉達に近付いて行った。


「欒廷玉殿?」

「なんです蒙恬殿?」

「ご兄弟がこの一戦で得るものがあったようで何より」

「ええ。それも皆さんのおかげです」

「ふふふ。欒廷玉殿は見ているだけで満足できましたかな?」

「え? いやそれは……」

貴方あなた武人ぶじんなら満足したとは言えないはず。それがし達人たつじんとは手合わせしたくなる性分しょうぶんでしてな。祝朝奉殿にご兄弟達。いかがです? この蒙恬と欒廷玉殿との一戦、興味がわくと思いませんか?」


 蒙恬の申し出に祝朝奉と三兄弟はそれを想像してごくりとつばを飲んだ。


「それって夢の対戦なんじゃ……」

「達人同士の対決など滅多めったに見れるものではない……」

「素直に言って見てみたいとしか」

「本当の意味で次元じげんの違いを知るのも為になる気がする」


 当の欒廷玉は周囲の反応を見ているうちに自身も影響えいきょうされた。


「は、ははは。武者震むしゃぶるいなど久しぶりだ。私も武芸を学ぶ者としておさえられない衝動しょうどうられるとは」


 こうして急遽きゅうきょ欒廷玉らんていぎょくたい蒙恬もうてん(秦明)の試合が組まれる事になる。


「いい事ってこれか!」

「ふふふ。確かに彼が思いつきそうな事だ」


 楊志も手を叩いて喜び祝家荘での盛り上がりは最高潮さいこうちょうむかえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る