第六十七回 秦明対欒廷玉

 カン! カン! カカン!


 祝家荘しゅくかそう武芸師範ぶげいしはん人呼ひとよんで鉄棒てつぼう欒廷玉らんていぎょく名乗なのれないが霹靂火へきれきか秦明しんめいとの模擬戦もぎせんまくが切って落とされた。


 どちらも最初から全力ぜんりょくだ。しゅく三兄弟から見れば二人の動きは自分達を相手にしている時のではない。


 ガン!


 お互い組み合い力で押し合う。


「先生と蒙恬もうてん殿の力勝負は互角ごかくなのか」


 祝竜しゅくりゅうがどちらに対しても驚いている。師範が力の面をあからさまに見せる場面は滅多めったにないが、自分にその差を見せつけた蒙恬相手でも受けきる腕力わんりょくには驚かされた。


 いからすかさずお互い距離きょりを取る。と見せかけた欒廷玉がすぐさま前にめた。


「うまい!」


 周囲がざわめいた。欒廷玉はそのまま右手一本で棒を持ちきをはなつ。


「ぬう!」


 秦明は身体からだひねり無理な体勢たいせいでそれをけつつも欒廷玉の右手をつかんで力の流れを利用し後方こうほうに投げた。


「うおっ!?」


 欒廷玉は空中で回転かいてんし地面に着地ちゅくちする。しかししゃがんでいる格好かっこうで秦明に背中を見せるかたちになってしまった。


「ああっ先生!」


 背後から秦明が棒を振り下ろす! 欒廷玉はしゃがんだ状態で両手で棒を水平すいへいに持ち頭上ずじょいかかげてそれを受けとめる!


「ぐぐ……」


 祝竜がやられた形に似た格好になった。背面はいめんの分だけ欒廷玉が苦しいだろう。秦明はさらに力を加えていく。


「ぬんっ!」

「おおっ!」


 欒廷玉は力の作用さようしている部分を意図的いとてきに前にずらした! 同時につんのめった秦明のまたを地面すれすれの背面飛はいめんとびでくぐり抜け、地面に背中がついたその反動はんどうを利用し両足で秦明のしりばす!


「わったった!」


 今度は秦明が地面にせた格好になった。棒をつかんで仰向あおむけからび上がり立ち上がった欒廷玉は倒れている秦明に向かって突きを放つ。


「なんの!」


 秦明は横に転がり突きをかわす。再度放たれた突きをも躱した秦明だが欒廷玉は今度は棒の先を地面につけたまま押し出してきた。


 玉転たまころがしならぬ秦明転がしとばかりににわかべちかくに追い込む欒廷玉。


「先生の好機こうきだ!」

「蒙恬! 後がないぞ!」


 だが秦明も突然棒の方に転身てんしんし背中から棒の先へ乗り上がりそのまま重心じゅうしんおさえ込む。欒廷玉の前進が止められた。彼はすぐさま蒙恬をはじき飛ばさんと棒先ぼうさきちからまかせに持ち上げる!


 そのいきおいで回転した秦明は欒廷玉の棒をわきはさみ、空いた手は棒を掴んで動きをふうじようとした。もう片方の手は回転にまかせて下から欒廷玉をねらう!


 しかし欒廷玉も同じ事を考え下からきた棒を脇と片手で固定こていした。


「むっ!?」

「むむっ!?」

「二人の動きが止まった!」


 そのまましばし力比べになるが膠着こうちゃくする。やがて秦明がすきを狙って上手く壁際かべぎわの立場を入れかえた。


「そら!」

「!」


 組み合って動きのとれない状態の中、動かせる部分を使って秦明が頭突ずつきをり出す。欒廷玉は首を動かしそれを避け、りでどうを狙う。が、それはひざで止められた。


「……」

「……」

「「はあっ! うぐっ!」」


 ここでまた達人同士の思惑おもわくかさなる。お互い自分の棒の固定をきそのまま相手の胸に掌打しょうだたたんだのだ! これは相打あいうちになりお互いよろけながらも互いの棒を交換こうかんした形になった。そして秦明の体勢たいせいの方がやや早く持ち直す。


「これで決める!」

「この重圧じゅうあつは!」


 秦明がその重圧を突きにしてはなつ!


 ボゴン! 欒廷玉ごと背後はいごの壁をつらぬいたかに見えた!


「ああ! 先生!?」

「いや、まだだ祝虎しゅくこ殿」


 驚愕きょうがくした祝虎に花栄かえいが欒廷玉の無事をげる。欒廷玉は寸前すんぜんに突きを前転で躱し、秦明のななめ後方に移動していたのだ。


「はあっ!」

「!! やべぇ!」


 今度は欒廷玉からすさまじい重圧と共に突きが繰り出される! 秦明はそれを紙一重かみひとえで避ける事が出来た。


 ボゴン! 秦明が開けた壁穴かべあなとなりに新しい壁穴が誕生たんじょうする。


「な、なんて攻防こうぼうだ……」


 祝竜が汗をきながらつぶやく。だが二人の決着けっちゃくだれ予想よそうしない所から訪れた。


両者りょうしゃそこまで! そこまでだ! それ以上続けられたら私の庭が破壊はかいされつくしてしまう!」


 祝朝奉しゅくちょうほう悲痛ひつうさけびをあげたので二人は動きを止め皆もあらためて庭を見渡みわたす。あちこちでこぼこになった地面に倒れた石灯籠いしどうろう。壁には大穴おおあなが並んで開いている。


「見学に集中してて気がつかなかった!」

「……結構派手けっこうはでにやらかしてるな」

「二人でこれかぁ」


 祝朝奉はやれやれと首を振った。


「達人同士の戦いを見れたのと現場がこうなると分かった事は収穫しゅうかくだったが、この一番は引き分けにしてもらいたい」

「……つい熱くなってしまいました。すみません」


 欒廷玉が謝罪しゃざいし蒙恬も続く。だが二人の好勝負こうしょうぶはたたえられ、お互いを好敵手こうてきしゅと認め合うのだった。

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