第百九回 柴進、梁山泊で引き篭る

 梁山泊りょうざんぱく。一一○四年、冬。この一年で史進達ししんたち小華山しょうかざん面々めんめんに加え、もと禁軍師範きんぐんしはん王進おうしん道程どうていで加わった山士奇さんしき樊瑞はんずいとその仲間達。そして滄洲そうしゅうから柴進さいしん鈕文忠ちゅうぶんちゅうらが身を寄せてきた。


 王進は母親と再会し、その回復を知ると涙を流して喜び梁山泊に恩を返す事を約束。史進や山士奇を始め希望する者には武芸の稽古けいこをつけていた。


 樊瑞は道術どうじゅつの才をばす為、羅真人らしんじん直弟子じかでしとなり、少華山の朱武しゅぶもまたその資質ししつ見出みいだされ弟子入り。兄弟子となった公孫勝こうそんしょうらと共に修行しゅぎょうしている。


 多くの仲間が加った事や王家村おうかそん劇団一座げきだんいちざとの問題も解決し人間関係も多様化たようか


 一例いちれいげると山士奇は急先鋒きゅうせんぽう索超さくちょう意気投合いきとうごうして義兄弟になり、色々いろいろな面で張り合っていた郭盛かくせい呂方りょほうの二人も好敵手こうてきしゅから親友へとなっていた。


 鈕文忠は林冲りんちゅうとの約束通り王倫おうりん面会めんかいし、多大ただいな感謝を受けお礼の品々まで贈られた。王倫の度量どりょうに感激した彼は入山を希望し、現在は林冲の副官として働いている。


 孟康もうこう湯隆とうりゅう遠征えんせいの際に得た技術を披露ひろうし、水上のとりでとなる大船おおぶねには残っていた面々めんめんも息をんだ。王倫と呉用ごよう首脳陣しゅのうじん戦略的せんりゃくてきに使えると判断。かなめになるさいとしてこれを「要塞ようさい」と呼称こしょうする事にした。げん兄弟は現地の状態や生物せいぶつ調査ちょうさしており、これも食料事情や養殖ようしょく技術の向上こうじょう貢献こうけん。梁山泊全体の生活水準せいかつすいじゅんの上昇に一役買い、この地に住まう者が皆喜んだ。


 しかし良い事ばかりがあった訳でもなく、林冲と柴進が戻り詳細しょうさいを聞かされた王倫は彼等が危機におちいってしまった原因は自分にあったと言い深く落ち込み謝罪する。もちろん、林冲に柴進、花栄かえいいたるまで決して王倫の失策しっさくではないと擁護ようごしたが、王倫の気落きおちした姿は誰の目にも明らかだった。


 王倫はその後呉用から色々な書物を借りて読みあさり、仲間を危険にあわせないよう自身の能力の向上をはかったが、呉用もそんな王倫を見て自身が補佐ほさをしきれていなかった事を実感。彼の失策を自分の失策として今後の計画で必要になりそうな場所には事前じぜんに部下を派遣はけんしてその特徴とくちょうをつぶさに調べあげさせるようになった。


軍師ぐんしたる者、赤壁せきへき東風とうふうをも知っておかねばならなかったのだ。私は首領しゅりょうに甘えてしまっていた」


 とは、呉用が孔明こうめい孔亮こうりょうにこぼした言葉である。


 そして柴進は先祖代々伝わる土地を守れなかったという自責じせきねんふさみ、梁山泊に用意された邸宅ていたくに引きこもる生活になっていた。王倫や晁蓋ちょうがい達も心配し足を運んだが、彼の気は晴れず皆どんな言葉をかければよいか分からなくなっていたのである。また、襲撃しゅうげきした者達の正体についても情報が少なすぎるため王倫や呉用にも断定だんていは出来ず、時間がかかりそうな案件あんけんになった事も要因よういんの一つであろう。


 ある日、瓢姫ひょうきが湯隆の工房こうぼうにやってきた。


「こういう用途ようとに使える道具が欲しいの」

「……ほう、そりゃまた……」

「……できそう?」

「ひとつ考えてみましょう。色々と役に立ちそうだ」


 湯隆は職人系統の仲間達とも相談し瓢姫発想の道具の具現化ぐげんか模索もさくしはじめる。その間、当の本人は街中まちなかや、森、湖など梁山泊のあらゆる場所で目撃されていた。その様子は活発かっぱつな姫の印象いんしょうさらに強める事になっていたのだが……


「何? 瓢姫と桃香とうかの姿をあまり見かけないだと?」

「はい。皆何かあったのかと心配していると……」


 王倫は部屋で書物を読んでいたが訪れた林冲からその話を聞かされた。


「……気のせいではないのか? 私には特に変わらない様子に思えるが」

「それは義兄上あにうえにはいつもと同じ様に接しているからですよ」

「他の者には違うのか? 瓢姫など昨夜さくやは夕食を三回もおかわりしていたぞ?」

「実は私も良く分からないのです。きちんと武芸の稽古はしている様ですし、この話も私の妻が言ってきた事でして」


 王倫は持っていた書物を閉じて机に置く。先程より関心が向いた証拠しょうこだ。林冲は続ける。


「どうも瓢姫様は以前と違い部屋にもりがちになっているようだ、と」

「それはなぜだ?」

「妻が言うには心配して部屋に行ったところ、大丈夫の一点張りだったそうなのです。部屋の中にも入れてもらえなかったそうで」

「ふーむ。林冲はどう思う?」

「私からはなんとも。桃香様は以前からそんな感じでしたしね。学問関係や研究とかそういう……義兄上に似てますな」

「うん? それで奥方殿に心当たりはないのか?」

「なにも。結局けっきょく阮氏げんし(阮小二げんしょうじの妻)に思春期ししゅんきかもしれないからそっとしておけば良いと言われたそうにございます」

「思春期!?」


 王倫は驚く。


「それが事実ならまた繊細せんさいな問題が発生した事になる。……柴進殿のように」


 彼は梁山泊の屋敷で現在引きこもっている柴進に対しても心理的な部分からくる繊細な問題として慎重しんちょうに扱っている。


「……義兄上がその事で自分をめているのはそれがしも良く分かっております。余り気に病まれぬ様にしてくだされ。私も柴進殿も責任が義兄上にあるとは考えておりませんから」


 思わぬ形で林冲に心配される対象が自分になってしまい王倫はばつの悪そうな顔をした。


「う、うむ。それは分かってはいるのだがどうしてもな……」


 林冲から顔をそむけた王倫に言えるのはこれくらいしかない。いや、なかった。


「と、とにかく。私もそれとなく瓢姫の様子を探ってみよう」

「お願いします」


 王倫に林冲。そしてもう一人の義弟、楊志ようしにも言えるであろう事だが、この手の問題を苦手にがてとする男達は梁山泊に限らず多いだろう。だが、難解なんかいな悩み事が増えた事実は王倫が自分を責める時間を確実に減らしてくれたとも言えた。


 桃香と瓢姫。これまで一度も問題を起こした事のない二人。今回話題に登った瓢姫は自身の内に一体何を抱え込んだというのだろうか。


 梁山泊の冬の一日が過ぎて行く。

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