第五十二回 人たらし王倫(前編)

 梁山泊りょうざんぱく晁蓋ちょうがい帰還きかんした。宋江そうこうに会う事は出来なかったそうだが、総勢そうぜい五百名程の移住希望者を連れての帰還だ。


 同時にかなりの資金、資材の提供ていきょうも受けた。代表はこの二人の兄弟である。兄は孔明こうめいと言いあだ名は毛頭星もうとうせい。武芸好きで気性きしょうあらく、喧嘩早けんかっぱやい性格を凶星きょうせいになぞられたもの。まわりの人にわざわいをもたらす意味がある。


 弟の孔亮こうりょうのあだ名も凶星を表わし、不吉ふきつな星とされ、人に災いをもたらす意味がある独火星どっかせい。兄よりも短気たんきだが泳ぐ事が出来ないそうだ。


 後日ごじつ林冲りんちゅう楊志ようしはこの二人は短気なだけで特に武芸の腕前が達者たっしゃという訳ではないとひょうした。やる気はあるのでびるかどうかは本人次第ほんにんしだいとの事。


 本人次第と言えば楊志の隊にいる牛二ぎゅうじ頑張がんばっているようだ。


 それからしばらくして劉唐りゅうとうらが帰還し花栄かえいをはじめ清風山せいふうざん面々めんめんを連れてきた。その数は燕順えんじゅん達の手下と郭盛かくせい呂方りょほうの手下を合わせて千五百程。


 王倫おうりんの読み通り梁山泊は一気に倍の勢力せいりょくになってしまった訳である。王倫や呉用ごよう大勢おおぜい来訪らいほうに驚いていたが、花栄達もまたいきなり押しかけたにも関わらず、ただの一人も野宿者のじゅくしゃを出さないその待遇たいぐうに驚いていた。王倫は歓迎かんげいうたげもよお親睦しんぼくを深める事にする。


 ~清風山組~

 燕順。生まれは山東さんとうで馬や羊を売り買いしていた。流れ着いた清風山で、王英おうえい鄭天寿ていてんじゅを仲間に加え山賊となる。あだ名は錦毛虎きんもうこ由来ゆらい容姿ようし赤髪せきはつ黄髭こうしゅからきている。


 王英。槍を使う五尺ごしゃくたらずの小男こおとこするどく、すばしっこくて狂暴きょうぼう、そして手のほどこしようのない女好おんなずき。あだ名は矮脚虎わいきゃくこ。小さく不格好ぶかっこうという意味でめられたものではない。


 鄭天寿。元はぎん細工師さいくしとして暮らしていたが、落ちぶれて清風山に流れつく。背が高くほっそりとし、色白の美男子びだんしなので白面郎君はくめんろうくんというあだ名で呼ばれる。


 ~対影山たいえいざん組~

 郭盛。唐の時代に活躍した武将の名、薛仁貴せつじんきになぞられたあだ名、賽仁貴さいじんきを持つ。薛仁貴をまね、戦中では白の戦袍せんぽうを身につけ方天画戟ほうてんがげきを使う。元は水銀商人すいぎんしょうにんであったが、船が転覆てんぷく元手もとでを失い流浪人るろうにんとなっていた。手下を引き連れ同じ方天画戟使いの呂方りょほうきそい合う。


 呂方。三国時代の猛将もうしょう呂布りょふにあこがれる青年せいねん。若くして武術を学び、呂布も愛用していた方天画戟の技を身に付ける。あだ名も呂布を意味する温候おんこうから由来し小温候しょうおんこう。元は商人だが商売に失敗し流浪の後、手下を連れ対影山にこも盗賊とうぞくになり生活していた。


 ~青州府せいしゅうふ官軍かんぐん組~

 黄信こうしん。元は青州の慕容彦達ぼようげんたつ配下はいかとして兵馬都監へいばとかんつとめる。喪門剣そうもんけんの使い手。鎮三山ちんさんざんというあだ名を持ち、青州の三山、清風山せいふうざん二竜山にりゅうざん桃花山とうかざん一声ひとこえしずませると豪語ごうごした事からきている。


 秦明しんめい。元は青州慕容彦達配下の兵馬総管へいばそうかん狼牙棒ろうがぼうを得意武器とし、短気で気が荒いところから霹靂火へきれきかというあだ名を持つ。声は雷のごとく聞こえると言う。黄信の武術の師でもある。


 花栄。元は青州の清風寨を守備する副知寨ふくちさいを勤める武官。代々武門の家柄いえがらで、民衆からの信頼もあつく、義を重んじる。ときには点鋼槍てんこうそうを扱い、弓に関しては百発百中を腕を持つ。弓の名手としては広く名をとどろかせている。あだ名は小李広しょうりこう漢時代かんじだいの弓の名手、李広りこうから由来されている。


 うたげではみなり上がっていたが、宋江に会えなかった晁蓋はやや気落ちしていたところがあったのだろう。


それがしは弓に関しては自信があります」


 花栄がこう紹介しょうかいした時に弓を軽く見ている様に受け取られる発言はつげんをしてしまった。


 花栄もすぐに気付くが新参しんざん末席まっせきなので何も言わないつもりでいた。それでも微妙びみょうな空気はかもされるものである。その時……


「ちょうど良い。ならばためして貰いたい事があるのですが」


 王倫が発言し、湯隆とうりゅうにある物を花栄に渡すよう指示しじをだした。それは従来じゅうらいの弓の大きさをはるかに凌駕りょうがする大弓だいきゅう。王倫が命じて湯隆が製作せいさくした物だ。


 武の心得こころえのある者は見ただけで驚く。その規格外きかくがいさに。それは花栄も例外れいがいではなかった。


「花栄殿、まずは手元てもとの酒を飲みしていただけますかな?」


 王倫に言われて花栄はその言葉にしたがう。もちろん意図いとなど分からない。王倫は自分の手元のぼんを手に取り構えた。


「ではそこからこの盆をていただきたい」


 王倫は右手をばし盆を持っている。花栄は新参で末席に座っているので同じ部屋の中と言ってもそれなりの距離きょりはあった。花栄はここで王倫の意図を理解りかいし湯隆から渡された専用せんようの矢をつがえ的を『射抜いぬいた』。矢は盆を貫通かんつうし後ろのかべ深々ふかぶかと刺さっている。


 目撃もくげきした者はそのあまりの威力いりょくに言葉を失った。

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