第94話 先輩のわがまま

「ほら、凛くん。電車きちゃうよ」

「ちょっ、すみません。まさかスイカの中にもうお金が入ってないとは……」

「ほらほら、そんなことはいいから。いこっ」


 先輩は遅れている俺の手を取って電車内に駆け込む。


 それから間もなく、ぷしゅーという音とともにドアが閉まった。


「はぁ、はぁ」

「凪くん、大丈夫? すっごい息切れてるけど」

「いえ、ちょっと運動不足なものですから」

「そっか、あそこ空いてるから一緒に座ろう」


 先輩が俺の手を取ったまま座席へと誘導してくれる。

 日光がちょうど当たっている二つの席だけがぽっかりと空いていた。


「すみません、先輩」

「いいのいいの。今日は私の用事に付き合ってもらってるだけだから」


 先輩は俺の手を握ったまま席について、もう片方の手で仰ぎながら笑って答える。

 走って汗ばんでいる俺の手とは逆に先輩の手はひんやりとしていて、女子の手ってなんか男のものとは別物だよなあとどうでもいいことを考えていた。


「ところで、凪くんは服とかいつもどこで買うの?」

「え、俺ですか? アマゾンで安いやつを……」

「それ、絶対に店員さんと話したくないからでしょ?」

「ち、違いますよ‼ ひ、人聞きが悪いなあ」


 なんでわかるんだ……。怖いんだが。

 いやでも、服のお店に一人でいると絶対に声を掛けられるっていう現象は絶対にあると思う。この現象に名前を付けたい。

 てか、同じような理由でアマゾンで買う人も絶対いるでしょうが、


「昔っから凪くんは変にコミュ障だったからなあ」

「違いますよ‼ ほら、こうやってちゃんとまともに話せてるじゃないですか!」

「凪くん……。コミュ障っていうのはね、仲いい人とは話せても初対面の人とは話せない人のようなことを言うんだよ」


 すっごい哀れな目で見られた。

 ただ、言い返すにも先輩はだれとでも話せるフランクな人種なので何も言い返せないんだけど。


「というかむしろ、コミュ障という言葉は凪くんのことを指すために作られたような言葉だよねえ~」

「失礼な‼ 僕よりもしゃべれない人、いっぱいいますよ‼」

「あ、お姉さん~。こっち空いてますよ~」


 だが、俺の必死の抵抗もむなしく、先輩は立っているおばあさんを見つけるとスタスタと話しかけに行った。


 相手は杖をついた白髪の女性で、乗降口のそばのポールのところに両手を添えて体を支えていていかにも辛そうである。

 そんなおばあさんの姿を見た先輩は、考えるよりも先に動いていた。


「あらあ。お姉さんだなんて。アタシなんてもうばばあよお」

「そんなことないですって~。ささ、どうぞこちらへ」


 仰々しくエスコートするそぶりを見せる先輩に、老齢の女性も相好を崩して座る。


 柔和な態度で相手の懐に入られ、あっさりと気を許してしまう。そういう女性なのだ、先輩という人は。


「じゃあ失礼するわね」


 なんとなく、おばあさんが隣に座っている状態も気まずいので俺も席を立って先輩の隣に行くと、おばあさんは意外そうな顔を見せながら「まあ」という表情を見せた。


「お二人は、お付き合いされてるの?」

「やだあ~、そう見えますう~?」

「それはもう、ばっちりお似合いの夫婦ねえ」

「ふ、夫婦⁉」


 本当にこのおばあさんは先輩に気を許してしまったようだ。そしてその巻き沿いを食らう俺。

 まあ、席を譲ってもらったおばあさんも喜んでるし、先輩も楽しそうにしてるからいいか。


「ほら、二人の仲をあまり邪魔してもしょうがないから、またね」

「了解です~。お姉さんもお元気に!」


 温かい目で見送ってくれるおばあさんにお辞儀をしながら、俺と先輩は電車を降りた。

 最後におばあさんが俺にウィンクをしてきたのは、どういう意味なのだろうか。


「先輩、そういうとこも変わってないんですね」

「ん? なにが?」


 先輩のとった行動について言ったつもりだったのだが、先輩は本当に何のことかわからないようで自動販売機でジュースを買っていた。


「いえ、別になんでもないですよ」

「そ? じゃあ、いこっかあ~」


 そして、その変わらない先輩を見て。


 なぜ先輩がVtuberになろうと思ったのか、その理由が猛烈に気になった。





 そして先輩とやってきたのは、大型のショッピングモールの中にある少しお高めの服屋さん。


 休日ということもあり、人がごった返していた。


「あれ、凪くんどこいった?」

「すぐ隣にいるでしょうが……」

「いやいや、一回やってみたくて。迷子ごっこ」


 先輩の意味の分からない趣味は置いておくとして。

 明らかに場違いな場所になかなか慣れないでいた。一目とか、こういうところにきている人の服が気になってしょうがない。


 果たして自分は、こういう服屋さんに居られるだけの服なのだろうか。服屋にくるのにちゃんとした服が必要って、どうやってもこの店にこれないじゃん。

 どう考えても一見さんお断りじゃん。すんません、帰ります。


「さあ、行こう凪くん」

「え、ちょっとっ」

「どうせだから凪くんの服もコーディネートしちゃうからなあ~。気合入っちゃうなあ~」

「頼んでないですけど⁉」

「おら~、つべこべ言うなあ~」

「どう考えても先輩が悪いですよね!」


 そういって抵抗を試みたものの。

 結局はジーンズからスラックスやシャツのコーナーやらに付き合うことになり、俺の服にかける時間のほうが多い始末だった。

 先輩は自分の気に入った服をすぐに買っちゃうし。


「大丈夫? 重い?」

「いえ、重いというか紙袋が手に食い込んで痛いです……」

「そこ座るところあるから、少し休憩しようか」


 アイス屋さんのすぐ近くにあるベンチのようなところに腰掛ける。


「たは~、いやもう人混みって疲れるよねえ~」

「先輩のせいで連れてこられたような気がしますが……」

「あれ? それが、服を買ってあげた人に対して言うセリフなのかな?」

「僕がお金払うって言ったのに自分で勝手に払い出したの先輩でしょ⁉ 人聞きの悪いこと言わないでくださいよ!」


 再会してから何度目かもわからないような馬鹿話を交わしていたところで、突如、俺たちの話の間に入ってくる人間がいた。


「――あれ、もしかして北条先輩?」


 そこにいたのは、高校時代のクラスメイトだった。

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