第81話 オタクと声優と

 日本の文化と聞いて、普通は何を思い浮かべるだろうか。


 ちょんまげが似合う武士。木造建築のさまざまな由緒正しい寺や神社。

 こういったものを想像する人間がマジョリティであることは想像に難くない。


 ただ、こう聞かれたときに確実に一定の人はこのように返すことを知っている。


『漫画とアニメ』


 いわゆるオタクというやつだ。


 オタクは日本が誇る文化として漫画とアニメを挙げる。

 それらはは世界に類を見ない唯一のエンターテインメントで、そして他の何よりも面白いコンテンツだと考えている。


 オタクは経済を回す。オタクは自分の推しキャラにお金をかけることを躊躇しない。

 もちろん経済を回すなんて言う殊勝なことは考えてないけど。ただただ好きなものに好きなだけ投資をする。で、このお金でなんとか二期をやってくださいみたいなことを考える。


 ……さて、何故ここまで俺がオタクについて語ることが出来るのかといえば。


 ――それは俺がオタクだからであるに決まっている。



「やっべえなあ。うん、やっべえわぁ。このアニメ最高すぎる、ああ銀河たんかわいいブヒッ」


 俺はとあるアニメの1期の第3話を見て、家のテレビの前でくつろぎながらこんなことをつぶやいていた。

 ……いや、呟いていないか。ブヒっていた。ブヒるってなんだよ。


 ちなみに推しキャラは銀髪ヒロインの流銀河ながれぎんがちゃん。

 やっぱり銀髪ヒロインは正義だった。どうでもいいが次に好きなのはボーイッシュな女の子。いや本当にどうでもいいんだが。


「あーやべ、マジ最高」


 お前の語彙力はマジ最低だがな、と冷静にツッコミを入れつつ、3話のエンディングに突入して一息つく。


 このアニメはもう何十回と見たことのあるアニメで、お金こそかけることは出来ていないが人生の中でも1、2を争うレベルで好きなアニメだと言える。

 最近は仕事をしてお金がもらえるようになったので、お金が振り込まれたら少しくらい貢ごう。少しだけだぞ?


 ただ、今日見ているのは何も遊びの為、とかまた見たくなった、みたいなことではなかった。


 実は今日はちゃんとした理由があって見ている。


 ……というのも、以前にあったプロデューサーと監督との会話を思い出す。



『いやぁ、凪城先生に『流星のエクスタシー』の主題歌を作曲してもらおうと思いまして」

『え、あの「流エク」の、ですか……?』

『そうそう。凪城先生のアニソンデビューにふさわしいタイトルじゃないかと思いまして?』

『いやいや、そんな……。「流エク」なんて俺が中学生のころからやってる超ビッグタイトルじゃないですか……。こちらこそ恐れ多い……』

『というわけで、よろしく頼めますか。凪城先生』

『もちろん‼』



 と、あの時は「俺がアニメに関われる日が来るなんて⁉」みたいに飛び跳ねて喜んでいた。

 もしかしたらあのアニメーターさんに会えるんじゃないかとか、声優さんに会えるんじゃないかとか。まあオタクの妄想ここにあり、みたいな感じだ。


 だけど、数日たって事実を冷静に考えられるようになった時、俺が感じたのはとてつもないプレッシャー。


「いや……、これは絶対に失敗できんよなあ」


 もちろん失敗しようと思ったことは一度もないけど、作ったものが失敗だといわれる未来が見える。

 掲示板の方で叩かれてツイッターの方で叩かれて……うん、そんな未来が。


 まあ、そういうわけで少しでも完成度を上げられるようにということでアニメを見返してアニメに対する理解や今までの主題歌の系譜を継ごうと勉強をしているわけなのである。

 そういう意味で、ちゃんとアニメを見ているのだった。


「……やっべ、やっぱ銀河たんマジかわいい、ブヒブヒ」


 ――真面目に勉強するために、アニメを見ているのであった。





「おっじゃまっしまーす!」


 元気のいいピッチピチの声でアニメの世界から現実に戻ってくる。

 彼女は元から開いていた俺の部屋に入ってくると、近くのコンビニで買ってきたのかビニール袋からお菓子をいくつか机の上に置く。


「またいっぱい買ってきましたね、雫さん……」


 そう、今日は家に雫さんが来る予定だった。


 雫さんはそんな俺の指摘を受け、何とも恥ずかしそうな顔をしている。


「……いや、ちょっとお腹が減っちゃたから? 仕方ない仕方ない」


 自分に言い聞かせるように唱えながらポテチの袋を開けているので、もう完全に言い訳をしている人である。

 ちなみにおやつの時間とはいえ、どう考えても昼に食べるお菓子の量じゃない。


「それより、進んでるの?」

「ん?」


 雫さんがぺろりとポテチで汚れた指を舐めながら尋ねてくる。

 なんだかちょっとエロい。


「え、えっと。んーまあまあかな」

「あ、というか! その前に大事なこと聞かなきゃいけなかった!」


 嵐のようにどったんばったん、雫さんは型にはまらないというか、話がころころ変わるというか、ついていくだけでも体力の消耗がすごいというか。


 彼女はソファの上にぽふんと正座になると、真剣な顔で聞いてきた。


 大事な話だろうと思って俺も喉をごくりと鳴らして静かに待つ。


「凪城くんってさ……」

「……はい」

「……………………誰推しなの?」

「……はい?」


 ふむ、と脳が暫く停止する。

 何を聞かれているのか、それを理解するのに時間がかかる、というか理解できなかった。


 そんな俺を見て雫さんが言葉を付け足す。


「だーかーらっ! 『流エク」で誰推しなのかって聞いてるの!」

「ああ……そういうことですか……」

「最初からそう言ってるじゃない」


 いや、言ってなかったです雫さん。


「もちろん銀河よね? 銀河が一番かわいいに決まってるよね?」


 と、胸を張って聞いてくる雫さん。そこに疑いの目はなかった。


 というのも、銀河の声を演じている声優さんは雫さんなのだ。


 付け加えて言うなら雫さんの出世作でもある。

 いまだに水野雫という名前を聞いて流銀河をイメージするファンは多いのではないだろうか。


 無口でありながらぽつりぽつりと小声で話す。クールで無表情に見えてたまに照れたり恥ずかしがったり、とかわいさが見え隠れするようなキャラ。

 そんなキャラを、新人声優だった雫さんは見事に演じあげて大出世。

 それから主人公やヒロインのような主要なキャラを演じることが増えていった。


 そんな彼女の期待を裏切ることもなく、俺は推しキャラの名前を出していた。


「もちろん、銀河です」


 初めてのヒロインということで、雫さんも銀河への愛着が他のキャラよりもあるのだろう。

 俺がそう言うと見るからに表情が和らぐ。


「そ、そう? ま、まあ当然だよね! 銀河は1番のヒロインだ、だからね!」

「間違いないです。というか、全アニメの中で好きなキャラは何かって言われても、銀河たん、失礼銀河ちゃんのことを挙げると思います。まじで最高です。銀河ちゃんは俺の嫁です」

「あ、えっと……っ。うん、そう、そうよね……! …………よ、よめ……」


 言葉とは裏腹にとても照れている雫さん。

 さっきまでの自信満々な態度はどこへ行ったのやら、顔を赤らめて声が尻すぼみになっていく。


 なんだか幼ない子供みたいに態度も体もちっちゃくなって、ソファの上で丸くなって顔を隠す。

 ちょうど体育座りをして出来た空洞のところに頭をうずめているような格好だ。

 いつも余裕のある雫さんにそういった小動物っぽい感じを出されると……かわいい。


「……なに、ニヤニヤしてるの?」

「い、いや⁉ 雫さんも、そ、そんな顔をするんだなあ……って」

「……悪い?」


 そんな感情が顔に出ていたのか、雫さんがちょっと怒ったような口調で俺に指摘する。

 拗ねてるみたいでますますかわいかったけど、それを表に出すとさらに怒らせてしまう可能性があるのでなんとか踏ん張る。

 というか顔に出てたのか俺。


「じゃ、じゃあまたアニメの方に戻りましょうか! 色々裏話とかあったら聞かせてくださいよ!」


 彼女のご機嫌を取る意味で話を変えて、テレビの方に向き直った時、その瞬間、雫さんが俺の耳に顔を寄せた。


 そして囁くように一言。


「『大好き、です……』」


 それは流星のエクスタシー二期、11話で初めて銀河が主人公に好意を告げたときのセリフ。


 その時に似せるように――否、あの時の同じ音色が俺の耳元でささやかれた。


「――――ッ⁉⁉」


 動揺で頭が沸騰する。

 俺、今、銀河たんに、告白された⁉ された⁉ え、え、とととっと⁉


「ふふふふふっ!」


 そして勝ち誇ったような表情の雫さんの顔を見て我に返る。

 そうだ、銀河たんの声を演じてる声優さんは俺の隣にいるのだった。


「ちょっ、雫さん⁉」

「だーっはっはっは‼ 悪は滅びるッ‼」

「自分、何も悪いことしてないと思うんですが⁉」

「問答無用ッ!」


 そう言って俺の家の冷蔵庫から勝手にスポーツドリンクを持ってきて、愉快そうに飲んでいた。


 ――しかしその耳は真っ赤だったので、もうこれ以上なにも言わないことにした。

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