第80話 インタビューwithミアさん

 3月初旬。まだ冬の寒さがしつこく居座って、春の陽気が恋しくなる季節。


 今日は珍しくインタビューを受けていた。


 ……ミアさんと一緒に。


「ミアさん、アメリカに戻ったんじゃないんですか……」

「戻るのは4月くらいね~」


 のんびりした口調で俺の横で足を組んでいるミアさん。


 今日はずいぶんと短いショートパンツで、太ももから先が大胆に露出している。

 本人はそのことにも気を留めていないようだったが、俺からしたら目に毒だ。すぐに視線がそっちの方へ行ってしまう。


「? どうかした?」

「いえ、何でもないです……」


 さすがに本人を前に「足がエロいのでしまってください」とも言えない。ってかこんな長い美脚をどこにしまうんだよ。


 というか、なんでこんなに隣同士の距離が狭いんだ。カメラの画角の問題なのか?

 おにぎり一個分くらいの距離。ちょっと手を動かすと当たってしまうし、なんならさっきから少しミアさんのサラサラの髪の毛が頬をくすぐってきてこそばゆい。

 何よりめっちゃいい匂いがする。


「……フフフフ、いい感じね」

「グッジョブですね、ミア」


 なんか二人でこそこそと会話をしているミアさんとそのマネージャーさん。

 何を話しているのかは分からなかったが、ろくでもないことを話しているような気がしてならなかった。


 ちなみにインタビューをするのもミアさんのマネージャーさんだ。

 このインタビューは記事にされるだけなので、誰が質問をしても一緒らしい。ならば慣れているマネージャーさんの方が良いとの判断だそう。


 …………まあ全部ミアさんから聞かされた話なのだが。


「じゃあ分かった? 後は予定通り……」

「分かってますよ。言う通りにしますから、ちゃんと約束通り休みをくださいね」

「オッケーオッケー。じゃあヨロシク」


 本当にろくでもないことの気がするんですが⁉ なんで俺がいる前にこそこそと話すの⁉ ねえ、俺に言えないことなのそれ?


 マネージャーさんが腰掛けると、机の上にボイスレコーダーを置く。

 その行為によってどこか空気が引き締まり、俺の体には緊張感が走った。


「じゃあ、よろしくお願いします」

「はい、お願いします」「ヨロシク」


 それからインタビューが始まった。


 どういう経緯で作曲家にデビューしたのかという話から、ミアさんとの交流について詳しく質問をされる。


「ミアのどういうところに魅力を感じますか?」

「そうですね。やはりあの声量は魅力的だと思います。それでいて乱暴に歌っている感じもなく、響くような声で一気に引き込まれるというか」

「ほうほう、つまりミアの声が好きということですね……メモメモ……」


 ん? なんかニュアンスがずれたような気がするけど……?

 というかなんで隣でミアさんは体をくねらせているんだ。


「他にはないですか?」

「他に、ですか」

「なんでもいいんです」


 ふーむと考える。ミアさんのアーティストとしての魅力は言葉で表すのには難しい。

 魅力的なところが複合しすぎているからなあ……。


「ライブとかのパフォーマンスもすごかったですね。こう、ミアさんの世界に連れ去られたみたいな、不思議な感覚になりました。すごく心地いい、けど感動できる、みたいな……言葉が下手で申し訳ないんですけど、大体そんな感じです」

「ほうほう、つまりミアの歌で虜になっちゃってすっごく気持ちよかったと……メモメモ」

「明らかに悪意のある改変がされてると思うんですが⁉」


 特に言葉の選び方とかに悪意を感じる。


「り、リン……そんなふうに思ってたのね……♪」

「あの、違いますからね⁉ そんなふうに思ってたわけじゃ」

「ない……の?」


 寂しそうな顔をするミアさん。

 心なしか瞳の中に涙が溜まっているようにも見えた。


「……ないこともないですかね! いやいや、本当に聞き惚れてましたよ!」

「……やったぁ……」


 安堵しているミアさんに俺も安心した。というかなんか今のミアさんちょっとかわいいんですが。


「……ナギシロの言葉でミアの顔が上気したと……メモメモ」

「いい加減にしなさいよあなた⁉」


 マネージャーさんの方は少し、というかかなり言いたいことがあった。

 絶対にこのインタビューを楽しんでいるようにしか見えないのですが。


「ちなみにナギシロは、ミアのことをどう思っているのですか?」

「え、なんですか急に」

「いえいえ、これも出版社に質問しろと言われた内容なので」


 ちょっと怪しかったけれど、そう言われてしまえばこちらも口答えするわけにはいかなかった。


 ミアさんについて、かあ……。


「思ったよりも幼い、って感じですかね?」

「エッ⁉」


 思ったことをそのまま口にすると、ミアさんが激しく動揺した。


「それには同意ですね」

「アナタまで⁉」


 さらにマネージャーさんが追い打ちをかけてミアさんはひどく落ち込んでいる。


 うっ、うっ……と涙がちょちょ切れそうな感じで膝を落としていた。


「二人とも、そんなふうにワタシのことを見ていたのね……」

「というか、思われていないと思ってたことの方が意外ですけど……」


 そんなことを言うとミアさんは頬を膨らませて抗議をしてきた。そういう感情を隠そうとしないところが幼い感じがするのだということに、多分ミアさんは気が付いていない。

 いや、そういったところは美点でもあるのだけど。


「別に悪い意味で幼いって言ったんじゃないんですよ」

「……ホント?」


 疑い深い目を向けてくるミアさん。

 どうやら幼いと言われたことでかなり落ち込んでいるらしかった。


 そんな彼女の背中をさすりながら、言葉を続ける。


「ミアさんって、最初はもっと取っつきにくいような人だと思ってたんです。ほら、見た目が格好いいし、まさにスーパースターって感じだったから」


 最初にテレビで見たときはそんな印象を受けていた。

 というより、俺の中でのスーパースターの印象を彼女にも押し付けていたという方が近いのか。


「でも、いざ会ってみたらすごく話しやすくて。失礼っちゃ失礼なんですけど、最初にサウナで会った時にはまさかそんなすごい人だと思わなくて」


 変な外国人がいるもんだなあくらいにしか思わなかった、あの頃が懐かしい。

 ちょっとあほすぎる気がするけど。


「だけど、すごく素直な人だし、歌うことに純粋だし、気さくに話しかけてくれるし」


 まあ彼女の性格が原因で突拍子の無いことに巻き込まれたことも多かったけど。

 急に家に泊っていったりとか、アーティストたちの勝負に巻き込まれたりとか。


 迷惑みたいなものも多くかけられてきたけど。


「それでも、そういった幼心を持ち続けられるって簡単にできることじゃないから……。ミアさんはすごい人だと思います」


 そこまで言うと、ミアさんは顔を上げた。

 その表情は涙ぐみながらも笑顔に包まれていて、幸せそうな顔をしていた。


「だからそういった意味でも、ミアさんは素敵だと思います」

「リーーーンっっ‼‼」

「ちょっと、ミアさん⁉」


 ミアさんがいきなり飛びついてきて、押し倒されるような状態になった。

 でもミアさんの顔にあるのはあどけなさだけで、俺も無垢な気持ちになれた。


 やっぱり目の前にいるのは、ただの19歳だった。ちょっとばかし売れている19歳に過ぎなかった。

 そう思うと、なんだか俺も元気をもらえた気がした。



「――ほうほう、つまりナギシロはミアの幼い部分に惚れている、と……メモメモ」

「その書き方だとロリコンみたいになるからやめてくださいね⁉」


 だが、マネージャーさんのせいで全ては台無しになった。

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