第79話 ライブを終えて……
何はともあれ、あのライブは成功だった。
自信をもってそう言えた。
「うんうん、おおおお」
ライブに来ていた人たちが発信源だろう、情報がネットに書き込まれているのを確認しながら手ごたえを感じていた。
『神ライブ』『あれは伝説』『ライブDVDとか出ないの⁉』『もう一回行きたいんだが』
軒並み良い感想が多く、大体はミアさんのライブを中心としたそれぞれのアーティストの感想が多かった。
ミアさんが多いのはまあしょうがないことだとは思うけど、それ以外の感想も多く出ていて偏りがないのは良かった。みんな、ちゃんと他のファンをゲットして自分のものにしただろう。
ただやはり一番多かった感想は最後のコラボについてだった。
俺の曲を彼女がそれぞれのパートごとに歌ってた、あれだ。
『まじ最後のは鳥肌もん』『あれは泣かせに来てる』『凪城凛、ふつうに天才じゃね?』
……いや、こういうコメントの方が泣かせに来てるだろ……俺を。
まあ大体は『アーティストのおかげ』みたいなコメントで、たしかにそれは納得している部分だったのでとりあえず無視した。
――いや、ちょっとは自分を褒めてあげてもいいでしょ?
そういえば、そこで行われていた勝負の行方はどうなったかというと。
『まあ、今回は引き分けってことにしておいてあげるわ』
「自分の方が上だと思ってる人間の発言だね』
『補足するなら、相手を簡単には褒めたくない照れ屋さんの発言でもあるよね~』
『不遜』
『まあまあ、みれーさん……。みれーさんも納得してたからいいじゃないですかっ」
『では、勝負はまたの機会にしましょうか』
(((((やっぱり一番負けず嫌いなのはこの人だよね))))))
みたいな会話があって無事に何事もなく終わっている。
いやあ、最後まで仲良くとはいかないのがこの人たちですよねえ。まあたぶんそれくらいぶつかり合うほどの個性と自信がないと、この世界では大成しないということで。
というわけで、ライブは成功! 次頑張ろー!
…………みたいになると思っていたんですけど……。
どうやらあのライブの評判が色々なところに広まっていたらしい。
さらにはあの『風城冷』が名前を変えていて、そして仕事も引き受けるようになっていたという。
いつの間にやらそんなことになっていたらしく(他人事)、番組プロデューサーたちはてんてこ舞い。
そして今のように仕事が俺になだれ込んでいる、というわけである。
ちなみにさっきの話は、ライブから1週間後くらいに俺の家に訪れた琴葉の情報だからほぼ間違いないだろう。
現実として、俺の前には膨大な量の仕事のオファーが入ってきていた。
琴葉経由の新作ドラマ用のために書き下ろしの楽曲作成の依頼、雫さん経由のアニメのオープニング楽曲の提供依頼、あずさたち『しゃんぽにか!』の新曲作成に他の有名俳優のアーティストデビュー曲の作曲依頼などなど……作曲家としての仕事が舞い込んでくるだけだと思ったら。
エッセイの執筆依頼、週間雑誌のインタビュー依頼、それにドキュメンタリー番組のテレビ出演依頼など。明らかにコンポーザーとしての仕事内容を明らかに逸脱しているものが多くあった。
挙句の果てには、音楽番組のレギュラーになりませんかというお話まであった。
つまりどういうことかというと……無理、である。
「どうすべきなんだろうなあ……」
「一つずつ片づけていくしかないんじゃないんですかっ?」
ちょうど土日で俺の部屋にやってきているあずさが、また必死に昼食を作りながら軽快な声で返してくれる。
ちなみに今日の昼食は「あずさ特製チャーハン☆」らしい。その最後の星ってなんだ、もしかして俺が星になることを暗示しているのか。やめてこわい。
「一つずつ片づけるって……この量じゃ無理だろ」
「え、そうですか?」
どう考えても無理な量だから困っているというのに、あずさは何でもないように答える。
なんだかあずさの様子を見ていると、これだけの仕事量をこなすよりも炒飯を作るほうが大変だとでも言いたげである。あ、それ塩じゃなくてさと……見なかったことにしよう。どうせ苦しむのは1時間後の俺だ。今の俺には知ったこっちゃない。
「あずさ、いつからその仕事してるんだっけ?」
見たくない現実から目を逸らすように、話を転換してみた。
すると彼女はIHのスイッチを入れながら数える。
「えっとー、わたしが高校1年生のときですから、もうすぐ3年ですかねっ」
「3年……3年もの間、こんな量の仕事してるのか……」
「まあ人気が出始めたのはせんぱいから曲をもらう直前くらいですから、最初の半年はノーカンですけど」
「いやいや、十分すげえよ」
本当にすごかった。2年半もこんな量の仕事とか生半可な根性じゃ続けられない。
俺なんかやりもしないのに挫折してるくらいだからな。
「なぁ、俺にも出来るような解決策はないかー?」
「うーん、そうですねえ……」
軽い気持ちで尋ねると、あずさはフライパンの中身を混ぜていた手を止め、ゆっくりと考える。
焦げそうだけど、まあ苦しむのは1時間後の以下略。
「いや、そんな真剣に考えんでもいいんだが」
真面目に考えてくれているあずさに申し訳なくなったので、先ほどの言葉にフォローを入れようとする前に、あずさの口が開いていた。
「じゃあっ、仕事を絞ったらいいんじゃないんですか?」
「仕事を、絞る?」
質問に質問で返すと、あずさはまた炒飯に意識を戻してから俺の質問に答えてくれた。
「ほら、例えば曲だけ作りたいって言うならテレビ出演とかそういったのは断るとか」
「ああ……」
なるほどたしかに、仕事量を減らせばいいのだろうか。
「でも絞るとか失礼じゃないか? 俺が仕事を選ぶとか……俺なんかまだ駆け出しの作曲家だぞ?」
と、思って口に出すと、あずさはジト目をこちらに向けていた。
キッチン越しから、何言ってるんですか? みたいな視線が飛んできている。
「な、なんだよ……」
「いえ……今までなんか仕事を全部断ってきたのに、そんなことを思うんですかーと思いまして」
「わ、悪いかよ! ほら、選ぶってのはなんか偉そうじゃん! 全部断るのはまだなんというか……」
「……まあ、100歩譲ってそうだとして、それはいいんですけど。それよりせんぱい、まだ自分のことを『駆け出し』なんて思ってるんですか?」
あずさが切り口を変えて質問をしてくる。
だが、そんなことを言われるのは俺としては意外だった。
「え、駆け出しだろ? まだ作曲家としてデビューしたばっかだし、未熟だし」
「作曲家としてデビューしたばっかっていうのは、もうほぼ詐欺だと思いますけど。未熟なのかどうかは、わたしには分からない話ですけどねえ」
「いや、詐欺ってお前」
「だって詐欺じゃないですか? 生田あずさ、巽美麗、白川琴葉、春下鈴音、水野雫、そしてミア・ブルックス。これだけのアーティストの曲を提供してる人が駆け出しだなんて、詐欺以外の何物でもないですか?」
「う……それは」
なんかあずさに論破されてしまって悔しい。
意外とあずさも痛いところを突いてくるな。
「まあ、駆け出しかどうかはいいんですけど。とにかく、せんぱいには仕事を選ぶ権利があると思います」
「うーん」
それでもなんだか納得のいかない話だった。
経歴とか、何年やってきたっていうのは、こういう業界では重要なものだと思っていたんだけど。
俺はデビューして数か月だから、どこかから顰蹙を買う可能性はあるし、最悪は音楽界、あるいは芸能界から干される可能性すらありそうじゃないか……?
そんな俺の様子を見て、あずさが料理が出来たというのに不景気な顔をしながら皿を持ってきた。
「例えばはーさんとか」
「琴葉?」
「たしかあの人、自分よりも身長の低いアイドルとは共演NGだったはずです」
「ま、まじ⁉」
え、それって結構なアイドルが脱落するんじゃないの⁉ あいつの身長、たしか170超えててあいつがヒール履いたら俺と同じくらいなんだけど……。
「ていうか、そういうNGは誰にもありますよ」
「あずさにも?」
「わたしは事務所からの要望で、〇〇さんとかNGになってますし」
「それは聞きたくない話だった!」
なんか生々しい話を聞かされたぞ。
おい、地味にショックなんだが。
「まあとにかく、それくらいじゃ敵なんかできませんよ。依頼した側も、ダメもとで来てると思いますし」
「いやでも」
女々しい俺に、さすがのあずさでも癇に障ったのか。
俺の意気地のなさを吹き飛ばしてしまうような、そんな一言を言ってくれた。
「だいたい、せんぱいに敵が出来たとしても、わたしとかはーさんとかみれーさんとか、黙ってないですよ。ぶっちゃけ、あの二人とかは何しでかすか分からないですし、わたしもせんぱいに変なことをした人がいたら何するかわかんないですからね」
その言葉はとても心強くて頼もしくて、それでいてやっぱりあずさはこの業界では先輩なんだなと不思議な実感をもたらした。
言った本人のあずさはそういう言葉を口にするのは不本意だったらしく、しかめ面を作っていた。
だが俺の方は、心がどこかさっぱりするような気持ちになっていた。
あずさに嫌なことを言わせてしまった罪悪感はあるけれど。
だから、俺も俺でいつまでもいじいじとしてあずさや美麗たちにも迷惑をかけるのは不本意だ。
だから腹をくくって、決意を固める。
「よし、こうなったら全部やってやるよ!」
「せんぱい、さっきの話聞いてました?」
あきれ顔であずさが言うがその口は笑っていた。
ダメな子供をあやすような母性感じる笑みだった。
そんなあずさに俺は宣言する。
「違うわ! 全部一回やってみる! それで嫌な仕事だったらすぐに断る! これなら文句ないし、一番……自分勝手だろ?」
「……なんかちょっと男っぽい、ですね……っ!」
「ちょっとってなんだよ! 男なのにちょっとしか男っぽくないってなんだよ⁉」
そこからひとしきり笑った後、あずさはスプーンで自分の作った炒飯を掬ってそれから喋りはじめる。
「――せんぱい、この炒飯なんですけど」
「なんだよ」
「……めちゃくちゃまずいです」
「あほ。そんなの知ってるわ」
とか言ってかっこつけて炒飯にありついたが、本当にシャレにならないほどマズかった。
具体的に言えば、ジュースが無ければあまりの味にスプーンを落とすどころか命を落とすところだった。
あずさの料理中に話しかけちゃダメだな。うん。
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