第78話 バレンタインライブ⑤
ライブを終えて完全燃焼してピアノの上に座っていた俺は、ミアさんのMCの声を聞いて意識を取り戻していた。
「みんな、どうだった?」
「さいこー!」「こっち向いてー!」「もういっかい!」
「もう一回は、無理かなあ……。うちのピアニストがもう、ネ……?」
そう言ってミアさんがこちらを見てくる。
あの、ステージ上で目立ってる人がこっちの方とか見ないでほしい。
めちゃくちゃ目立っちゃうから、頼む、ご容赦を。
「うち……の?」
と、そこで舞台上にいながら反発の声を上げるのは琴葉だった。
そういうどうでもいい表現に、ところかまわず突っかかるのやめて。こっちは気が気じゃないから。泣きそう。
そんな暗雲が立ち込めてきたときに、インカムの方にスタッフさんから指示が飛んできた。
『そろそろ締めに入りますんで、いい感じにフィナーレに向かってください』
ずいぶんアバウトな指示だなあと思ったけど、ここにいるメンバーなら簡単にこなせるだろう。
スタッフさんも嫌な空気を感じ取ったのか、いいタイミングで指示を送ってくれた。
ありがとう、スタッフさん!
……と思ったのだったが。
「あ、じゃあ!」
わざわざマイクに閃きの声を入れたあずさが、とてとてと俺の方へやってくる。
空気読めない女子代表のあずさが、である。
え、なに? なんですか?
すでにいやな予感しかしないのは僕だけですか?
「じゃあここでサプライズゲストに登場してもらいましょうかっ!」
……ダラダラと汗をかいてきた。背中からドバドバ出てきて逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
だけどそれよりも早くあずさの意図を察知した春下さんにいつの間にか退路を断たれている。
背後を取られた⁉ この俺が⁉ 縮地でも使ったのか!
バトル漫画みたいなツッコミを心の中でしても当然意味はなく、春下さんに背中を押され、あずさに腕を引っ張られ、ステージの一番前へと立たされる。
そしてその道中で、曲の最後に被り直したフードを美麗に剥がされると、そこには謎の盛り上がりを見せる観客たちがいた。
というか、さっきから横の方で大爆笑してる雫さんを殴りたかった。いや、女の子相手だから殴らないけども。
「はい、ではスペシャルゲストの、凪城凛さんですっ!」
ふぉーーーー‼‼‼、みたいな掛け声が飛んできて、いたたまれない気持ちになった。
これだけ盛り上がっている中で最後に登場するのが俺とか、興ざめもいいところでしょ……。俺だったらヤジ送るわ。
いやまあ、ここに立ちたくないだけなんですけども。
脚ががくがくと震えている中、琴葉がふざけてヒーローインタビューがごとくマイクを当ててくる。
「ずばり、初ライブはいかかでしたか?」
「えっと……その、楽しかったです……」
その声にまたもや観客がふぉーーーー‼‼‼、と叫ぶ。
もう何が何でもその反応なんだな分かった帰る。
だが後ろを見ると春下さんがいい汗をかきながら、いい笑顔でこちらを見てきているので引き返すこともできない。
ちなみにミアさんは自分の場所がなくなって、拗ねている。あっちはあっちで面倒くさいな。
退路がないことを確認した俺は、諦めて観客の方に目を移した。
何千、いやもっとか。それだけの人が居る前で俺がこうも目立っているというのは不思議な感覚だった。本当に俺が立ってていい場所なんだろうか。
そこでふと、先ほど置いてけぼりにした友人のことを思いだし、おそるおそる一応自分のいた位置を確認する。沢村にはちょっとトイレとウソを言ってしまったが、ここにいることでバレるわけだ……。
意外とステージ側からは観客の顔が見えた。よく親や知り合いがいると気付くという話を耳にしたけど、本当らしい。
ちょっと遠回りしながら視線を送っていると、ふと知り合いの顔に出くわした。
春日井、さん……春日井さん⁉ ああ、そっか、そういえば今日来てたなぁ……。
なんだかめちゃくちゃ恥ずかしかった。知り合いに曲を作っていることがバレたからだろうか、それとも隠していたことに対する何らかの後ろめたさか。
なんにせよ、これで春日井さんとも顔を合わせるのが気まずくなったわけだ。
あ、沢村もちゃんといるし……なんなら驚きもせずグッジョブマーク作ってるし……。
「今、どんな気持ちですか?」
「知り合いに身バレしてつら……じゃなくて、すごく達成感があります。本当に楽しい時間でした」
危ない、あと少しでどうでもいいパーソナルな情報を話すところだった。
あとちなみに言えば、こんな状況に追い込んだあずさをはじめステージにいる全員に対して怒っています。
だから雫さん笑いすぎだって。
「……それで、今回の曲はどういったテーマで作ったんですか?」
しかし、琴葉が思いのほか真剣な声で質問をしてくるものだから、意識が真面目路線に寄る。
どうやら尺稼ぎではなく本当に聞きたかったことらしい。
だから俺も少し間をおいて真剣に考えてから、答えを出す。
「そうですね……端的に言うなら、恋愛の価値観を壊したかったんですかね」
「恋愛の価値観を、壊す?」
その言葉に反応したのは春下さん。ちょっと怪訝な顔をしていた。
さすがに説明が足りないので補足する。
「ほら、例えば歌詞にもありましたけど、すぐに目移りしちゃうっていうのは悪いことだって基本的には言われますよね?」
「ええ、それはまあ」
「たしかに不倫とか、浮気とかは良くないと思うんです。それは相手を裏切っているから」
でも、と言葉を継ぐ。
「例えば学生とか。なんか型にはまっちゃってると思うんです。恋愛はこうじゃなきゃいけない、みたいなのがどこかあると思うんです」
振られた後すぐに違う異性に惹かれるのはよくない、彼氏彼女がいる相手を好きになっちゃいけない。
告白で振られるのはみっともなくて、彼氏や彼女がいるのは偉い。
――アイドルは恋愛をしてはいけない、とか。
最後のははっきりと存在するが、それ以外のものも漠然とそういった価値観があると思っていた。
これは俺が学生時代を歩んできた中で感じたたしかなことだった。実際にそういう価値観の犠牲になった友人も知っている。
「でも、恋愛はそんな不自由なものじゃないのかな……と僕は思います。なのでそれを歌にしました」
ろくに恋人がいない俺が言うのも良くないのかもしれないけど、あながち間違っていないのではないのかとも思う。
「へえ、そうだったんですか……」
得心げに琴葉がうなずく。
……あれ、なんか俺ちょっとカッコつけて言ってた? ダサい、もしかしてダサいか?
というか1万人の前でこんな自分の考えとか語るの恥ずかしっ!。もう二度とやらない。
真面目な空気になった会場の空気を変えたいと思ったのか、それとも単なる好奇心からか。
「はい、じゃあじゃあ!」
そこでいつもの幼いミアさんがやってきた。
ここぞとばかりに自分の出番だと主張しに来るあたり、まあ嫌な予感しかしないんだけど。
そんな予感を裏切らず、彼女は明朗な声でこう質問してきた。
「この中で、好みの女性はだれ?」
その瞬間、ステージは戦場に化した。ピリッと肌を刺すような雰囲気が生まれたことにすぐに気が付く。
しかし一方で明らかにひりついた空気がステージの中を満たしているのにも関わらず、会場はふぉーーーーの一点張りでその空気が漏れ出していない。
だからこの舞台上で戦いが妙な緊張感が支配していたことに気が付いていなかった。おい、誰かこれを止めてくれるやついないのかよ……。
「それは気になりますね。ズバリ、誰なんですか?」
琴葉が乗り気で再度同じ質問をしてくる。
心なしか春下さん以外の全員が前のめりになっているような気がした。
「ああ、えっと……」
絶体絶命のピンチ。逃げ場はどこにもない。
衆人環視の前で、意味の分からない決断を迫られている。
「ほら、どうなの、凛くん?」
「せんぱい?」
「凛、分かってるよね?」
「さてさて……?」
「ほらほらっ♪」
そこで出した俺の結論は……。
「み、みなさんお綺麗でかわいくて、素敵だと思います」
毒にも薬にもならないことを言って切り抜ける、だった。
ただその瞬間、会場の空気が凍り付いたのは言うまでもないだろう。
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