第77話 バレンタインライブ④
妹がわくわくしていた。
「おねえ、絶対ここから何かあるから‼」
興奮して私に言うが、私の方はといえばかなり疲れが出ていた。
もちろん、どのライブもやってるときはすごく楽しくて、観客の波に乗ることは難しくてもひとりでに楽しむことが出来た。
ライブに来る前までは嫌だなあと思っていたけど、実際に来てみたら楽しくて来てよかったと思った。
やっぱり何事も食わず嫌いは良くないなあと改めて実感した。
だから、連れてきた妹には少し感謝してたけど……。もうさすがに終わりでいいんじゃない……?
「ほ、本当にまだあるの……?」
「絶対だよ!」
なぜそんなに妹が自信を持って言うのかもわからなかったが、妹は妹なりに何か考えがあるのだろう。
妹は私と違って頭がいいから、多分その通りだと思う。
けど、もうさすがにお腹いっぱいだなあ。
もう立ってるのもつらいし……暑いし……。
そんな時に、ステージ近くの観客の方から歓声が聞こえてきた。
それと同時にスポットライトがステージを照らして、そこに人影が6つほど見えた。
光を受けて輝く6人。
真ん中にいる金髪の人――ミアさんが一番目立っていて、でも他の女の子たちもみんなすごくかわいい。
それぞれ衣装の色が違っていて、ミアさんが青、その隣の春下さんが白。
生田さんの黄色、白川さんの黒色、ミアさんの青色、春下さんの白色、水野さんの水色に巽さんの赤色と色とりどり。みんな鮮やかで、絵になる一枚だった。
何回見ても可愛いし綺麗だなあ……。日陰者の私から見ると余計に輝いて見える。
妹なんか
6人が登場するということは、これでライブもフィナーレなんだろう。
そうすると、疲れからなのかようやく終わるとちょっと安堵した気持ちになる。
そういえばあの後、凪城くんと会えるかなとひそかに期待してたけど会えなかったな。
ちょっと寂しいというか会いたいな……っていやいや、何を考えてるんだ私っ⁉ あっちはお友達と来てるんだし!
でももしかしたら帰り道が一緒になったり……ってこっちは妹がいるから、会ったところで何もないか……。
変な期待はしないで、ライブが終わったらさっさと帰ろう。
時間もそろそろいい時間だし、お母さんにも寄り道しないように言われてるし。
ずっと楽しかったライブだったはずなのに、ちょっと鬱屈とした気分になっていたその時。
「では最後に、私たち各団体の代表が、一曲だけコラボをさせてもらいます」
と、春下さんが言った。
それにはもう会場が大盛り上がり。
隣で妹も「このメンバーでコラボ⁉」とはしゃいでいたので、滅多にないことなんだろう。
たしかにほとんどの人はテレビで見たことが何回かあるし、見たことのない人も名前くらいは聞いたことある。……さすがに今日でちゃんと覚えたけど。
そんなメンバーがコラボなんてテレビとかじゃ実現できない珍しいことだと思う。各界の一流が集まってるって、なんかかっこいい。
ということは芸能にそこまで興味が無くて妹越しにしか情報が入ってこない私でもそうなのだから、多分ここにいる人たちはもっと嬉しいんだろう。
妹は昇天しそうになっていた。
「それで、曲の方なんですが……」
微妙にもったいつける春下さん。ファンからは「おおおぉぉぉぉぉおおおお」と煽るようなノリ。
それから一呼吸おいて、ゆっくりと喋る。
「実は今日の日のために、かなり大物の作曲家さんにお願いしました!」
「「「「イエエエェェェェェエエエエッッッ‼‼」」」」
……すごいノリだ。とてもじゃないけどついていけない……。残念なことに。
作曲家かぁ。ちょっと前に好きだった曲の作曲家さんくらいなら分かるけど……それ以外はトンと分からないから盛り上がれそうにない。たしか、風城さんだったかな。
作曲家に詳しくないから盛り上がれなくて、ちょっぴり惜しい気持ちもある。もっと事前に色々と調べてこればこういうところでさらに盛り上がれるんだろうな。
と、そんなことを思っていた私にも朗報がありました。
「なんと…………風城冷さんです!」
「「「「オオオオオオオォォォオオオオオッッ‼」」」」
なんという偶然か、わたしにも知ってる人だった。いやむしろ私でさえ知っているような有名人だったと言うべきなんだろうか。
「やっぱりかー。このメンバーだったら、うん、そうだよねえ」
冷静な発言をしているように見える妹だったが、これは明らかに喜んでいる。
興奮して妹の小刻みな揺れに乗るように、星形のイヤリングが踊っているからだ。
「とは言っても、名前は変わったんですけどね」
「え、そうなんですか?」
「うん、そうよ」
わざとらしい会話が舞台上で始まる。打ち合わせされていた段取りなのだろう。
「まあ彼が名前を変えてから初めての曲だからね、今回のが」
「え、そうなんですか? なんか贅沢ですねえ~」
「自分で言うな」
そしてこうやってアーティスト同士で会話をつなげている間に、会場の方では準備が始まっていた。
大きなピアノが出てきてセッティングされ、パーカーを来た人が準備をしている。
フードで顔が隠れているので分からないけど、多分あの人も相当腕の立つピアニストさんなんだろう。結構目立つ位置にピアノが設置されている。
「じゃあ、そろそろ準備が整ったみたいね」
ミアさんが運営からのオッケーをもらってまとめにかかる。
「じゃあ、聞いていてね」
そして、そこからミアさんは、彼女の口からは到底名前が出るはずのないような名前を口にした。
「『凪城凛』作詞作曲で、『紅白のメビウス』」
その名前を聞いた私はもう何が何だか分からなくて、考えるのをやめてしばらくの間立ち尽くしていた。
*
ぎりぎりまで粘って編曲を入れた曲が、音源そのままに流れ出す。
本当に簡単なものしか作れなかったので勢いに欠けるが、まあバラードだから大丈夫か。
というか、それよりこのピアノのポジション何⁉ 明らかにただの代役がやるようなやつじゃないよね! やっちゃダメなやつだよね!
そしてそれから俺がピアノを弾き始める。俺の音だけが会場に流れ出ているような気がして緊張が爆発しそうだった。指は小刻みに震えているし足も意味なく震えている。
心臓は口から飛び出そうだったし、というか胃から何か逆流して吐きそうだった。口から心臓やら食ったものやらが、勢ぞろい。ってシャレにならんわ。
でも、少しだけ。ミアさんのパーカーで顔が隠れているのは気持ちが楽だった。
ミアさんの提案で着ていくことになった時はどうなることかと思ったけど、ミアさんの匂いがほのかに鼻をくすぐるたびに安心した気持ちになる。少しばかり緊張がほぐれる。
と、そう思っていたらミアさんがウィンクを飛ばしてきた。
ここからが歌いだし。まずはミアさんのソロだ。
*
一瞬意識を手放しかけていた私は、曲の歌いだし部分でようやく我に返っていた。
とりあえず訳の分からないことは置いといて、ひとまず曲の方に意識を傾けよう。
始めはミアさんのパート。
さっきのライブでは一度もしんみりした曲を歌わなかったので意外だったけど、ミアさんはバラードの方がむしろその魅力を余すことなく出しているような……気がする。
あれだけあった声量を上手く包んで感情にしている、そんな感じ。
痛切な失恋を表現した歌詞から始まったその歌は、ミアさんの歌声に乗って観客たちを虜にしていった。
たぶん誰もが同じように辛い気持ちになって、苦しい気持ちになっている。
私なんか失恋をしたことがないのに、なんだか振られてしまったような気分になる。
そしてそのまま引き継いだのは春下さん。
こちらは失恋のあと、失恋をしたその女の子が別の男の子を好きになってしまい、自分の軽薄さに自信を持てなくなる、そんな歌詞だ。
そんな自分だから振られるのだと、そんな自分は本当に恋をしているのかと、責めたり疑問に思ったり感情がぐちゃぐちゃになっていく。
そんな歌詞を春下さんは迫力のある歌い方をする。
自分で自分を責めて嘆くその感情はエネルギーを持って会場を圧倒しにかかった。
先ほどのミアさんの静けさとのコントラストで、一段と感情の変化を表現していて言葉に詰まる。
この二人の強弱で一気に曲の中に吸い込まれていった。
そしてサビ前で爆発寸前までいった感情が、サビになって――弾ける。
ピアノの音が怒りにも聞こえ、声の方は歌手全員で感情を吐き出しあっていた。
まるでその曲の主人公が6人いるかのようにお互いがお互いの主張をぶつけ合い、反発しながらも共鳴してメロディーを大きく膨張させる。
互いが互いを競うようにぶつかり合っているのに、なぜだか聞いてて騒々しさがなくむしろどんどん前のめりになっていく。
各々が振り付けもないなか体全体で表現し、体の全てから持てる力を総動員して音に擦りつけている。
そんな圧倒的なパフォーマンスの前に、私は思わず声にならない気持ちを吐露していた。
――――――すごい。
私にはそれくらいの表現しかできないけれど、それでも本当にすごかった。
言葉にできない感動が、そこにあった。
音楽ってこんなにたくさんの表現が出来るんだ、こんなに人の感情を揺さぶることが出来るんだ。
そんな事実に感動している自分がいて、でもそんな自分を追い越していく感情が私の中にあって。
「あれ、あれ……? なんで……?」
気付けば目から涙が溢れてしまっていた。
*
2番は先ほどから一転して疾走感あふれるテンポ。
見たくない自分の醜い感情に逃げる主人公。色々な出来事を思い返しては全てが心に氷柱のように刺さっていく。
琴葉と雫さんの役者コンビがそこを見事に歌い上げる。
まるでミュージカルのように、まるで主人公の映し鏡のように。
それから美麗とあずさ。
二人の全く違う音色がハーモニーを奏でて完璧ともいえる化学反応を起こす。
普段は喧嘩ばかりしている二人がこうして音楽では同調しているのを見ると、なんだかおもしろかった。
「はぁッ、はあッ‼」
ピアノのテンポもどんどん上がっていき体には疲れを感じたが、それが気持ちよかった。
まだまだ出せる、まだまだやれるということを歌手たちが示してくれていた。
止まらない、止まれない。間違いなく今日の中で最高潮の高まりだった。
2番のサビは、6人がそれぞれアレンジの効いた歌い方をする。
それなのに絶妙なバランスを保っていて、むしろ飽きないように変化をつけてきている。
しかも全員ただただ自分の好きなように歌っているんじゃなくて、雰囲気を壊さないように我を出している。もしかしたらこの後の展開も考えているかもしれない。
「やっぱ最高だな、こいつら……ッ‼」
出し切る、全てを出し切るッ!
全部ここに出し切ってやる!
立ち上がって椅子を蹴飛ばして、立って全身の力を鍵盤にたたき出す。
指の先から痙攣していたが気にしていられない。
焼ききれるように、燃え尽きるように全てを出し切る。
あいつらに振り落とされないように、一生懸命ついていく。
食らいついて、離されない。絞り出すように音を紡ぐ。
無我夢中で弾き続けたら、そこには割れんばかりに盛り上がる会場の姿が目に飛び込んできた。
ライトに照らされ輝く6人に、会場は熱狂の渦に包まれている。
その光景はライブ前に春下さんと見た景色と似ていて、違う。
あの時は何もない空間だった。ただ席がたくさん置いてあるだけの、ただ広いだけの入れ物に過ぎなかった。殺風景だった。
でも今は、人が居て、タオルを振っている人が居て、ペンライトを掲げている人が居て、歓声を上げている人が居て。
あの時なんかよりもずっとずっと、輝いていた。
そんなとき、ふとステージ上の春下さんと目が合う。
今までに見たことのないような笑顔で、情熱で歌っているその顔は、とても綺麗でそれでいて……なんだか嬉しい気持ちになった。
『でも……だんだん会場と一体になっていく。それがすごく気持ちが良いんです』
春下さんがあの時言っていたことを、ようやくこの身で実感できた。
――――これがライブ、これが音楽なんだな。
ああ、たしかに。
こりゃ、楽しくてしょうがないな。
ピアノに最後の音を出し切った俺は、アリーナの天井を見ながらそんなことを思った。
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