第82話 ナガシマ①

「夏だッ! 海だッ! お祭りだあッ‼」

「春だし陸だし、遊園地なんだが……」


 微妙にそれぞれずれているのだが……とツッコミを入れるが、それを言った張本人の雫さんは気にしている様子もなかった。


「ほら、そこにプールもある‼」

「今日行くのは遊園地の方ですよ」


 そんなテンションの高い雫さんを宥めるように春下さんが指摘する。

 だが、それも雫さんには届いていなかった。


「いや~、遊園地なんて久し振りだな~!」


 ショートパンツにサングラス、それに赤色のキャップとどうみても夏にしか見えない格好をしている雫さんだが、季節は春でそろそろ桜の季節である。

 まだ花火の季節ではない。


「凛。ここ、どこ……?」


 その一方で、バスの時からずっと俺の隣にくっついてきていた美麗が、何かに怯えながら聞いてくる。


「いや、どこもなにも、ナガシマだが」

「ナガシマ」


 美麗の方はどうやら思考が回っていないらしい。

 体が硬直していて、いつも以上に声が小さい。

 ちなみにこちらもサングラスに麦わら帽子と無垢な少女のような格好をしているが、中身は引きこもりに近い何かだった。


 というのも、美麗はあまり家を出ない。

 いつも音楽のことばっかりやっていて家にいることが多く、外出するとしてもご飯を買いに行くかマネージャーの車でスタジオに行くくらいである。

 こういったみんながギャーギャー言っているようなところは耐性が無いらしい。


「「キャーッ‼‼」」


 そんなことを考えていると、またジェットコースターの方から叫び声が聞こえてくる。

 それに過剰に反応する美麗は、ぴくっと体を跳ねさせていた。


「凛……かえるぅ……」

「お前がそんな弱い姿を見せるのも珍しいな」


 いつもの高慢ちきで上から目線の巽美麗はどこにいったのだろう。

 まあたよりなく俺の服のすそを掴んでいる彼女の姿は、もちろん男子の俺にはドストライクなのだが。

 他人の弱っている姿を見てドキドキするとか、俺も趣味が悪い……。


「いいじゃないですか、ジェットコースター。楽しそうじゃありません?」


 だがその弱っている彼女を見て嗜虐心がそそられたのは春下さん。

 80度くらいの角度でほぼ真っ逆さまに落ちているジェットコースターの方を指さして、楽しそうだと言ってくる。


「う、さすがにあれは……」


 美麗の視界にあのジェットコースターが入らないようにかばいながら、感想を漏らす。

 あの角度で落ちるとか……え、死ぬんじゃないの?


「あれ、凪城さんもああいうのは苦手なんですか?」

「苦手というか、さすがにアレは誰も乗りたくないと思うんだけど……」

「そうですか? まあもちろん付き合ってもらいますけど」


 ああ、あれだ。春下さんってドSなんだな。

 ようやく気付けたぜ、ラッキー。ラッキーじゃねえよ。身近にドSが居て喜べないよ。


「まあ大丈夫だ美麗。俺が付いてる」


 二人で観覧車でも乗ってゆったりしているのが良いだろう。うん、今日の日程が決まったな。


「大体、なんでこんなことにぃ……」


 遊園地に来たことを嘆く美麗を前に、どうしてこうなったのか、数日前のことを回想する。



 *



 あれは、たしかいつも通りサイゼで春下さんと曲の打ち合わせをしていた時だった。


「そういえば、この前番組で遊園地のチケットが当たったんですけど、要ります?」


 打ち合わせを終えて一段落したところで、春下さんがそんなことを言ってきた。


「何人分ですか?」

「2人です」

「ふむ……」


 沢村と行くのがいいだろうか。でも沢村は遊園地なんかよりもそこらへんの聖地に行った方が盛り上がるだろうしなあ。

 いや、でもあそこも一応聖地か。『歌の形』とかの。


「まあじゃあ遠慮なくいただきますけど……いいんですか?」

「私は一緒に行く仲間もいませんから」


 スパっという彼女に、おおっとこっちの腰が引けてしまう。

 なんか申し訳ないことを聞いてしまったらしい。彼女は特に何も思っていないんだろうけど。


 なんかそんな話をしたからか、目の前で黙々と水を口に運ぶ春下さんの姿が寂しく見えた。


「じゃあ、一緒に行きます?」


 だからだろうか、そんなことを口走っていた。

 言った瞬間、後悔する。これじゃまるでデートに誘っているみたいじゃないか。


 春下さんの目が点になっていた。

 あまりのことに驚きを隠せないらしかった。いや、俺もめっちゃ驚いてるから許して。


 だから、恥ずかしさのあまり、俺は次の言葉を足していた。


「ほ、ほら? あずさとかその辺さそってさ!」


 慌てて付け足す俺に春下さんは落ち着きを取り戻したのか、安心した顔で胸をなでおろしていた。


「あ、そういうことでしたか……。まあそうですよね、凪城さんに女性をデートに誘うほど勇気があるとも思えませんし」


 ――いや、嫌な意味で安心していた。

 なんだこの人、隙あらば悪口を言ってくるんだが。しかも淡々と言うのだからツッコミが入れづらい。


「まあ、でも俺と行くのもいやだろうから、友達でも誘っていくわ!」


 ただこちらとしても誤解されていないようで安心する。

 ついでに春下さんが先ほど見せた寂しそうな顔も消えていたので、俺は誤魔化すようにそう言った――のだが。


「いえ? 行きますよ?」


 きょとん、とした顔で春下さんがそう言っていた。

 何言ってんのこいつ? みたいな、目の前の生き物を地球外生命体だと認識するような目で、そんなことを口にしていた。


「――は?」


 だから今度驚くのは俺の方。

 まさか春下さんがそんなことを言うとは思いもしなかったのだ。


「実は私遊園地好きなんですよ。ジェットコースターは2周するタイプです」


 そんなタイプなんてこの世にそんなにいない。

 というか、主婦がスーパーを2回通り見回るみたいな言い方で言わないでほしい。あと俺はジェットコースター嫌いだし。


「じゃあまた人を集めておいてください。あ、凪城さんの分や足りない人の分のチケットは私が払いますから」


 あれよあれよという間に色々と決まっていって、いつの間にか俺が人集めをする幹事みたいな役を担っていた。

 しかもちゃっかり自分でお金を払おうとするところが、やたらと春下さんらしい。


「じゃあ、楽しみにしてますね!」


 だが、最後にあんな笑顔を見せられてしまった以上、こちらとしてもおじゃんにするわけにもいかなかった。



 *



 それでその後予定を確認したら、雫さんと美麗の予定が取れたというわけだ。


 ちなみにあずさと琴葉はスケジュールが全く空いていなくて、なくなく断念という形になった。


「凛せんぱいに手を出したら、ただじゃおかないですからねっ! うぎゃーっ!」

「あらあら凛くん。女子とデートなんて、へえ。もちろん、私にもちゃんと埋め合わせするのよね?」


 あと一応ミアさんにも声をかけてみたが、さすがに超人気シンガーは予定が埋め尽くされていた。

 アメリカに帰るまであと1週間ほどだが、どうやら一日も休みがないらしい。マネージャーさんが予定をねじ込みまくったとか。


 そんなわけで、遊園地に来ている、というわけだ。


 名古屋駅まで新幹線できて、そこからバスで40分ほど。

 夜には近くの「長島温泉 湯あみの島」に寄ってから帰るという予定である。


 ――さすがに日帰りだからね? そんないかがわしいこととかないからね?


 ただ、なんとなく嫌な予感がしているのも事実だった。

 このメンバーで来て無事に帰れる自信が全くと言っていい程なかった。

 みんなトラブルメーカーだからな……。


 入場入り口で左手首に紙でできたバンドを巻いてもらう。

 これによって、どの乗り物もお金を払わずに何度でも乗れるらしい。


「よし、じゃあ出発だー!」


 勢いある雫さんを先頭に、俺たちは遊園地の中へと入っていった。

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