第83話 ナガシマ②

「帰る、帰るから」

「もうここまで来たんだから、我慢して乗ろうぜ……」

「帰るよぅ……」


 並ぶこと30分ほど、あと1巡か2巡したら次は俺たちの番というところで美麗が駄々をこね始めた。

 駄々をこねるっていいながらも、涙目になってしまっているからかなり同情してしまうけど。かく言う俺も足がすくんでる。


 と、いうのも。


「すごい音ですね」

「うわーっ、楽しそうだな~!」


 音がすごい。

 金属の摩擦音がとてつもなく、またガラガラとレールをコースターが踏んでいく音が今にも壊れそうな予感をもたらす。

 事故るのか、もしかして一回転の途中で列車が外れてそのまま真っ逆さまに落ちるのか。それとも、安全ベルトが外れて俺だけ真っ逆さまとか……。真っ逆さまは確定かよ。


「と、とにかくだ。このイカれたバーサーカーどもを前に置くことで、少しでも怖さを半減しよう。前より後ろの方が良いらしい」


 こくこく、とうなずく美麗。

 どうやら俺の話は聞こえたようだ。


 ちなみにバーサーカーの二人は聞こえておらず、スチールドラゴンに何回乗ろうか検討をしていた。

 こいつらはアホなんじゃないだろうか。


「はい、それでは次のお客様、準備をお願いします!」


 係員の指示に従って貴重品をロッカーに置いていく。

 帽子やサングラスも取るころになったのでもしかしたら美麗たちの正体がバレてしまうのではないかと思ったが、まあバレたとしてもデート形式で来ていないから大丈夫だろう。

 1対1じゃないから、雫さんが炎上してしまった時のようにはならないはずだ。


 ただ、あまりにも美麗の覇気が無かったからか、バレずに済んだけど。


「はい、それじゃあ安全ベルトをしっかり締めてくださいね~」


 腰に巻くようにシートベルトを、そして上半身は肩のあたりから降りてくる安全レバーをかける。

 たしかに、これで落ちることはないように思えるけど、なんか少しだけレバーで固定されても余裕があるからか落ちてしまいそうな気がするんですけど……。


「美麗、大丈夫か?」


 全ての行動を終えて余裕が出来た俺は隣を気遣うことができた。

 というかむしろ美麗の方が心配だな。


 そこで横を向くと、案の定顔を真っ青にして何も体が動いていない美麗がいた。


「おい、美麗。美麗?」


 呼びかけても何にも返事がない。ただ虚空を見てぼうっとしているだけ。


 さすがにベルトもレバーもなしはまずい。


「すみませーん‼」


 係員の人を慌てて呼ぶと、にこやかに駆け付けてくる。


「ちょっと緊張しているみたいなので、代わりにやってもらえませんか?」

「はい、大丈夫ですよ!」


 係の人がテキパキとマニュアルをこなしていく。


「はっ。ここは、どこだ」

「おい、もう出発するぞ?」


 そこでようやく意識が戻ってきた美麗は、今の自分の状態と周りの状態とを確認して、そしてもう一度顔面蒼白になる。


「……うぇん」


 そこから泣き始めた。手が付けられない赤ちゃんのように。


「うわーーんッ‼ もう帰る、帰るからッッッ‼‼」

「落ちつけ⁉ ここで駄々こねてももうしょうがねえからな⁉」


 それでも俺の話を聞かずにわんわんと泣いていた彼女だったが、そこに係の人が落ち着いた様子で顔を近づける。

 それから、何かを耳元で囁いた。


「……お隣の男性、彼氏さんですよね? なら、怖いときは彼氏さんの手とか腕を握っているといいですよ。ほら、少し腕は動かせますから。……彼氏さんもドキドキしてくれますし!」

「(こくこく)」


 すると、何故かあれだけ泣きじゃくっていた美麗が落ち着きを取り戻して、なんとか立ち直っていた。

 怖さをぬぐいきることはさすがに出来なかったようだけど、前を向いて心の準備をすることが出来ている。


 一体何を言ったんだ? なんかグッジョブマークを美麗に送っているが……。


 ちなみに前の二人はもう興奮が抑えきれないようで、雫さんなんかは両手を挙げる準備をしていた。自殺志願者か何かですか?


 一応美麗が泣き叫んだことで迷惑になったかもしれないので後ろの30歳くらいの夫婦に謝っておいたが、「全然いいですよ~彼女さんを大事にしてくださいね‼」となぜか励まされてしまった。

 彼女じゃないです、彼女じゃないんです。


「じゃあ、いきますよー!」


 そしてスチールドラゴンは発進した。


 始めはゆっくりとなだらかなところを回って、それから途方もない距離の上り坂を登っていく。

 上り坂も始まりの方は他のアトラクションも目に入って、ああジェットコースターだなあと思う余裕があったが、途中から高すぎて空以外が何も目に入らなくなってからは、正直泣きたくてしょうがなかった。

 ほんと、前に知ってる人の頭があったからまだいいけど、なかったら泣いてたぞ。というか、ちびってた。


「み、美麗、大丈夫か?」


 俺は全然大丈夫じゃないけど、と言いたいけど。美麗は俺以上に緊張しているだろう。

 と、思って横を見ると、何か決心を固めるようなもう目をつぶって乗り切ってやろうみたいな顔をしている美麗がいた。

 こいつもこいつで覚悟を決めたらしい。


 それならば、俺も男になるときだ。

 カチカチ言いながら上っている間、深呼吸をしてリズムを整えていた。


 そして頂点。


 今までずっと見えていた真っ赤なレールが見えなくなり、一気に絶望が押し寄せる。


 次に見た景色は、列車が先ほどから上下逆転して真っすぐ落ちていくところだった。


「いやーーーーッッッッ‼」

「きゃあ――――っっっ‼」

「ふーーーーーっっっっ!」


 三者三様(春下さんは静かに楽しんでいたらしい)、おのおの叫び声を上げながら真っ逆さまに落ちていく。ちなみに俺の叫び声は、一番女っぽいきゃあのやつッ‼


 そのタイミングで美麗が俺の手を掴んできたものだから、俺も思わず握り返していた。


「いやああああああああ‼」


 とてつもないスピードで落ちていく。

 どこかで内臓がふっと浮き上がるような感触があって、冷や汗が沸き立ってくる。

 本能的に死ぬかもと思った時に感じるやつだろう。


 そこから大きな山が2つ。

 先ほどまでにのろのろと上っていくわけではなく、スピードに任せてそのまま駆け上がって一気に落ちる。


 その名の通りドラゴンの骨格のようなレールを滑っていく。

 ぐるぐる回って、ジグザグ下りたり上ったりを細かく繰り返して、爽快感を与える。風を切っていく感覚があった。

 ちょっとだけ、本当にちょっとだけジェットコースターを楽しむ人の気持ちが分かった。


 ――でもやっぱりあの急な坂道で諸手を挙げて楽しむ人の気持ちは分からなかったが。


 そしてアトラクションから下りたあと、ずっと美麗は俺の手を握っていた。





(遊園地編、長くなってしまいダラダラ更新するのも良くないと思いますので、これからあと2、3話は毎日更新していこうと思います。冗長になってしまうかもしれませんが、よろしくお願いします。 作者)

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