番外編2話 足りないもの

「なんで……?」


 断られるとはつゆにも思っておらず、そんな声が思わずまなの口からこぼれた。


「理由は、たった一つです」


 そんなまなの不相応な対応に対して凛は何かを言うこともなく、質問にそのまま答えた。


「真中さん。あなたは歌が上手いと思います」

「……?」


 凛の要領を得ない言葉にまなは疑問符を浮かべる。


 その様子を確認してから、凛は続きを話した。


「歌も上手いし、声もいい。Youtubeの再生回数はもう少し伸びてもいいくらいですね。100万はいかないにしても、50万くらいはいってもおかしくない」


 ひたすら褒められるまな。

 ますます作曲の仕事を断られる理由が分からなかった。


 焦れるまなに、ようやく凛は「ですが」と話を断った理由に戻した。


「失礼かもしれませんが、あなたの曲から感じたのはそれだけでした。ああ、この子うまいな。この子、声が良いな。そんなことしか思いませんでした?」

「…………何が言いたいんです?」


 まだ凛の言葉は何を伝えたいのか理解できず、まなはカサカサと乾いた声で質問を返した。


 そこで凛は思った通り、という表情を浮かべながら核心に迫った。


「あなたの歌は……『自分が上手い』ということをアピールしているだけにすぎません。自分の歌の上手さを見せびらかすために歌を歌っている。そんな印象を受けましたが、違いますか?」

「何が悪いっていうのよ。歌が上手いから人が聴きにくるんでしょ?」

「違います」


 まなの回答にはっきりと「違う」と答える凛。それにはさすがのまなも圧倒されてしまった。


「いいですか、歌手にとって歌が上手いなんて些細なことなんです。理由は分かりますか?」

「…………わからない、わ」

「簡単です。あなたくらい歌が上手い人なんて、そこら中にいるんですよ」

「――――っ‼」


 自分のアイデンティティが否定されるような言い方。

 思わずまなは奥歯をかみしめた。


 そんなまなに、容赦なく凛は続きを告げる。


「驚くほど高音が出る、ビブラートがかけられる。長く息が続く、声量がある。そんなのどれをとってもこの業界だったら普通で、素人でもできます」

「は、はあ――⁉」


 素人でも、と言われたことにまなは感情を高ぶらせる。

 ついこの前まで素人だった彼女にも、プロ意識というものがあるのだろうか。それとも素人と一緒にされたくないという気持ちだろうか。


「いいですか、ハッキリ言ってあなたの歌は『カラオケで歌ってろ』って言いたいような歌なんですよ。人に聴かせるようなものじゃない」

「せ、先生! さすがにそれは言い過ぎでは……」

「わかった」


 静止に入った丹羽を無視して、まなはムキになった顔で挑戦するように凛に言った。


「そこまで言うなら、試してみなさいよ」


 そして言われた側の凛は、一瞬戸惑うような顔をしたがすぐに真剣な顔に戻してバッグから何かを取り出してデスクの上に乗せた。


「これは……?」

「『青春』『赤色の秋』『緑の人間』『灰色とりんごとキャンバス』という4曲です。この4曲と音源を渡しておきますので、また日を改めて聴かせてください」

「今度じゃなくていい。今、歌ってみせるわ」


 凛の申し出に対して、彼の予想を上回る答えを返すまな。

 彼女は好戦的な笑みを浮かべていた。


 そんな彼女を見て凛はため息を吐いたが、やがて了承した。


「わかりました。それでは20分あげますので歌ってください」

「上等よ」


 いきなり戦いのようなものが起きてしまい、マネージャーの丹羽は二人の様子をうかがいながら慌てふためいていた。






「じゃあ、いきましょうか」


 特別にスタジオにまなを入れ、用意していた音源を入れて歌う準備をする。


 凛は用事が入っていたはずだが、どうやら予定していた人が遅れてくるとのことで時間があるらしい。


『いつでもいいわ』


 収録ブースにまな一人、そしてコントロールルームには凛とマネージャーの丹羽、それから仕事をしにやって来た音楽プロデューサーの佐藤もいた。


「じゃあどうぞ」


 それからスタジオ全体に音楽が流れ始める。


「彼女だれ? こんど凪城先生が担当する子ですか?」

「いえ、今のところは予定ないです」


 やがて『青春』のAメロが始まる。


 そこで初めてまなは凛に歌を披露した。


「お、彼女上手いね~」

「まあ、上手ではありますね」


 それからノンストップで彼女は4曲すべてを歌いきる。


(たしかに、1回しか聞いたことのない曲の音程を取るのは上手いな)


 準備時間がないにしては、かなり歌えていると凛も思った。

 歌の上手さに関しては、さっきは凛もああ言ったが、メジャーデビューをしている歌手の中でも有数の上手さだと思う。高音でさらに音を美しく響かせているのは、プロでも優劣がはっきり出てしまうところだ。


 ――だが、逆に凛は期待を裏切られるということもなかった。


「どうだった? 少しは見直した?」


 歌い終わってブースから出てきたまなは、清々しいといった表情を浮かべて凛に言った。


 だが。


「いえ、まったく見直していません。あなたの曲はやっぱり『自分を上手く見せる』ための曲なんですよ。自己中心的というか、自己満足の歌にすぎませんね」

「な――――っ⁉」


 そしてそんなことを言われたまなは、反射的に凛に飛び掛かっていた。


「まな⁉」

「おいおい」


 丹羽と佐藤が驚いた顔をしていたが、当人たちはまなが怒りの顔をしていて凛が真剣な表情をしている。


「どこが気に入らないっていうのよ‼ ちゃんと歌えてるじゃないッ‼」

「だからあなたの曲は上手いだけって言ってるじゃないですか」


 微妙に食い違っている二人の話。


「分かった。あんた、アタシのことが気に入らないんでしょ! アタシの歌が上手いから、嫉妬してるんでしょ‼」

「は、はぁ……?」


 意味の分からないという凛に、まなは泣き叫ぶように言った。


「アタシの才能に嫉妬して、そうやってよくわからない理由を付けてアタシをデビューさせないつもりなんでしょ!」


 凛の前でがっくりと顔を下げるまな。その目には涙がたまっているように見えた。


「おいおい嬢ちゃん、それくらいにしておいた方が……」

「あんたは黙ってて‼」


 佐藤がフォローしようとするが、まなは聞く耳を持たない。


 そんな彼女に観念するように、凛は言った。


「違いますよ、理由はしっかりあります」


 そんなまなに慰めの声をかけるでもなく、凛はまなに答えを教えた。


「あなたに足りてないもの。それは――表現力です」

「表現……力?」


 まなが聞き返すと、凛は「はい」と言った。


「さっきの曲、テーマは……分かりますよね?」

「それは……色、でしょ?」


 自信なさげに返すまなに、凛はうなずく。


「青、赤、緑、灰、それぞれの色を曲で表現しようという曲で、僕が色というテーマをもって作った曲です」

「そんなの、わかるわよ」


 しおらしくなっているまな。彼女も何がダメなのか聞きたいのだろう。

 そんなまなに優しく微笑みながら、凛はつづけた。


「だけどあなたの歌からは、まあせいぜい暖色系か寒色系か、それくらいしかわかりませんでした」

「そんなこと――!」

「悪いが嬢ちゃん、それは俺も同感だぜ」


 そこに口をはさむのは佐藤。佐藤も同じような感想を持っていた。

 そして決してそこに凛の私情が入っていないことを同時に告げる。


 その意味を正しく理解したのか、まなは静かになる。


「要はあなたの歌からは何も感動できないんですよ。ただだから。そこにどういう感情を乗せるか、歌を通して何を伝えようとしているのか。そういうのがないと、ただのカラオケです」


 まなは黙る。その言葉は、作曲家、作詞家、そして音楽プロデューサーとして第一線で活躍している凪城凛という人間からの金言だったからだ。


「自分の実力を競いたいならスポーツでもやるといいでしょう。でも音楽は芸術なんだから、人の感情に訴えなかったらそこには何も残りませんよ」

「そんなこと、言われても…………」


 だがまなはすぐには受け入れられなかった。


 感情を乗せると言われてどうすればいいのか、さっぱり分からなかった。

 自分はまだ18歳だ。歳を言い訳にしている時点で情けないと思うが、自分にそんな器用なことができるとは思えなかった。


 だが、そんな今にも泣きだしそうな彼女を見て凛は突き放すこともなく。

 優しく語りかけた。


「じゃあ、この後時間あります?」

「――は?」


 突然、脈絡のないこと言われポカンとするまな。


「デートの、誘い?」

「誰が‼ 誰が未成年をデートに誘うんだよ⁉」


 そこで凛の顔が作曲家の顔から最初に見たようなモブの顔に戻った。


「てか、たしかあんたって結婚してるわよね」

「知ってるのかよ‼ ならなおさらそんなわけないってわかるだろうが‼」


 大声で無実を叫ぶ凛。


 だがその姿を見て佐藤が爆笑して丹羽が『NTR……?』みたいに不穏な言葉を口にしだしたので、凛は「ごほん」と咳払いしてまなに言った。


「この後、ある人の収録があります。見ていったらどうですか?」

「ある人?」


 と、そこへタイミングよく、コントロールルームのドアがガチャリと開いた。


 そしてそこから現れたのは。


「何してるんですか……凪城さん…………」


 未成年が膝に乗っている凛のことを冷たい目で見る、超有名人だった。

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