番外編1話 一人の歌い手と一人の作曲家
真中まなは、シンガーを目指す一人の少女だった。
歳は18歳。高校を卒業したその足で東京にやって来て半年たつ。
音楽に携わるなら、日本で一番栄えている場所に来るのが当然だと思って上京をしたのだ。
彼女には実績があった。
彼女の「歌ってみた」動画は人気があり、曲を上げるごとに10万近くは再生されていた。有名な歌い手というほどではないが、一部の界隈では「すごい歌の上手い人がいる」と話題になった。
だからこそ彼女はすぐに事務所と契約をすることに成功し、もうすぐメジャーデビューをするというまさに旬を迎える間近の歌手だった。
「まな、メジャーデビューする曲なんですが」
そんな彼女に、40半ばの女性が声をかけた。彼女のマネージャーで、彼女の歌にほれ込んでスカウトまがいのことをした張本人である。
「丹羽さん、なに?」
「いえ、実はちょっとしたサプライズで先にこちらで作曲者を決めてしまいました」
「へー」
まなは興味のないふりをして携帯をいじりながら、耳の方はマネージャーの丹羽の言葉に意識が向いていた。
彼女は外面を意識するタイプである。
本当は自分だけの曲なんて初めてだから気になってしょうがないのだが、それだとダサいのでそんな真似はしない。
(誰かな、
湧き立つ心を頑張って抑えながら、マネージャーの話に耳を傾けていた。
「それで、誰だと思いますか?」
「どうでもいいわよ、早く言って」
逸る気持ちを抑え、泰然と待つ。変に焦らすマネージャーをきっと睨む。
丹羽も怒らせるつもりはなく、あっさりと彼女の口から名前が明かされた。
「実は…………凪城凛先生にお願いしてみました」
「ふんふn――って、ほんとっ⁉」
しかしさっきまで冷静に振舞っていたのは無駄になり、思わず飛び跳ねてしまった。
「ほんとですよ」
それにとやかく言うこともなく、マネージャーは苦笑いをする。
「…………こほん。一応聞くけど、一体どうしてあの凪城凛に頼んだのよ。まだアタシ新人よ?」
「新人だからこそ、絶対に外せないじゃないですか。だからこそ優勝請負人の凪城先生に任せてみようかと」
「優勝って……」
ニカりと笑う丹羽に、ため息を吐くまな。
しかし内心は喜びでいっぱいだった。
「じゃあ明日、打ち合わせをするのでよろしくお願いしますね」
「え、明日⁉」
だが、会う日が意外にも近いことを聞いて、その喜びは緊張に変わった。
次の日、まなが呼ばれたのはスタジオのひとつだった。
どうやら打ち合わせといってもまずは顔を合わせるくらいのことらしく、まなは少しがっかりした。凪城凛の片手間に自分が収まっていることに、微妙に苛立ちを覚えたのだった。
まあそれでも、緊張が少し和らいだのでよかったのだったが。
スタジオに併設されている打ち合わせ室という別名のある会議室に入って、携帯を触りながら待つ。ちなみに見ているのは他の歌い手の動画であり、彼女は意外と勉強熱心であった。
そんな手持無沙汰な時間が続いていたところに、コンコンと部屋がノックされ一人の人間が入ってきた。
「えっと……真中まなさんでよろしいでしょう……か?」
と、そんな矢先に、まなは一人の男に声をかけられた。
弱気そうな20半ばの男。硬い印象を受けるカッターシャツに冴えない顔と、いかにもモブにいそうな顔だった。
「なんですか?」
「え、えっと……」
思わず苛立ちが乗ったまなの声に、その男は少したじろいだ様子を見せる。
と、そこへマネージャーの丹羽がやってきた。
「あ、凪城先生‼」
名前を呼んで、現れた。
「え? なぎし……え?」
「ほら、まな。なにぼうっとしてるのよ、早く挨拶をして」
「挨拶って……」
とそこへ、申し訳なさそうに凪城と呼ばれた男がおずおずと名刺をまなに差しだす。
「申し遅れました……。自分、作曲家の凪城凛と申します」
「――――――ええ⁉」
二人の出会いは、酷いものだった。
「凪城先生なら、先に言ってくださいよ‼」
「ご、ごめん……」
なぜか怒られている凛に、なぜ怒っているのかもわからないまな。
(こんな冴えない男が、あの凪城凛? 本当に?)
見たことがあるわけではないので何とも言えないが、昔にちらっと見た映像ではもう少しましな顔をしていたはずである。
あれは編集でどうにかしていたのか、それともゴーストだったのか。
とにかく、まなには目の前にいるどこにでもいそうな男があの尊敬する凪城凛だとは思いたくなかった。
「凪城先生の曲すごい聞いててファンなんですー! サインください!」
だが、年甲斐もなくサインをねだっているミーハーの丹羽を目の前にしては、疑う理由もない。
「丹羽さん……。とりあえずこの後収録があるので、さっそく本題に入りましょうか」
「え、あ、はい」
だが本題と言ってからの凛の表情には、どこか浮かれていたまなも思わず襟を正してしまうような力があった。
……ただまなが人見知りだからかもしれないが。
「えっと、アタシのデビュー曲を書いてくれるってことだったけど、どんなの書くのよ」
ただこんな村人Aに
まあ、舐められるよりはましだろうか。
だが、その質問に対し凛が返したのは、思わずまなが耳を疑ってしまうような答えだった。
「その件ですが、真中さんの曲を作るという話――お断りさせてください」
土俵にも立たせてもらえない、突き放すような一言だった。
―――――――――――――――――
本編は凛くん視点とその周りが多かったので、凛くんを別の女性から見た視点を書いてみました。
数話で終わる予定ですので、気楽に読んでください。
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