第49話 待ち合わせ

 俺は、ラインの画面を見てずっと考えていた。


『午後の2時、池袋の駅前で!』


 言わずもがな、雫さんからのラインである。


「ふー……」


 雫さんとのデート、ぜいたくを言うようだが正直気が乗らなかった。


 というのも、前のデートのことを思い出してしまうからだ。


 隣にいるだけでみじめになっていく感覚。

 凪城凛自分のことが好きなんじゃないかと勘違いして、現実とのギャップに殴られる。


 あのようなみじめな気持ちになることが怖い。

 だから、彼女とのデートに行くことを決断できない。


「あー、どうしたら正解なんだろ」


 どうやらまだ目が覚めて間もないからか、頭がシャキッとしない。


 もう一度顔を洗おうと洗面台に向かい、鏡で自分の顔を見る。


 不細工な顔。髪の毛はあちらこちらが跳ねているし、ひげも少し伸びている。


 こんな顔で雫さんに会ったなんて、自分でも信じられない。

 少し前の自分だったら、自分が大ファンである雫さんを前にこんな顔は見せなかっただろう。

 しっかり最低限は整えていたはず。


「やっぱやめよう。雫さんの隣を歩いていい男じゃない」


 外見にすら気を遣えない、そしてデートに向けて陰鬱な気持ちになっている。

 そんな男が、雫さんとデートをする資格があるとは思えなかった。


 ラインで断りの連絡を入れよう、そう思って携帯を取る。


 ――そういえば、この携帯電話は春下さんに払ってもらっているから早く解約しないとな。あれって一人で解約できるんだろうか。


 などと関係ないことをふと思って、それからまた雫さんのトーク画面を開く。

 断る文面をどうしようかと、考える。


 だが、それより先に、雫さんから新たにラインが来ていた。


『明日、楽しみにしてるねっ!』


「…………」


 言葉にならなかった。

 自分とデートを楽しみにしているという文面が、率直に嬉しかった。


 自分はちょろい男だ。お世辞だろうと頭では考えていても、内心すごくドキドキしている。

 文面を本気だと受け取っている。


「いやでも、雫さんにこんなこと言われたら誰でもだ」


 あんな美少女に言われたら男ならだれでも喜ぶ。当たり前だ。

 俺だって男だし、もちろん普通の人間よりは彼女のことを好きだ。ファンだし。

 だから、彼女の言葉に動揺してしまうのは、不思議でもなんでもなく、特段意識することでもない。


 ――今考えるべきなのはそこではない。


 断ると、全て台無しにするということだ。

 彼女が勇気を出して言ってくれたことも、こんな俺に気を遣ってくれているということも、全て台無しにしてしまう。


 そんなことして、いいのか……?


 こんな何の取り柄もない俺が、俺のことを気にかけてくれる女の子を傷つけていいのだろうか、そんなことを不遜にも思う。

 そんなを思い付く。


「ダメだ、そんなことをしちゃ。雫さんを悲しませては」


 相変わらず最低な男だ俺は。


 率直に行きたいと言えばいいのに、そう言い訳すればいいのに、他人に理由を求めて自分の行動を正当化するのだ。

 自分のつまらない恥じらいのために大事な感情を隠し、それでいながらデートという一世一代のイベントに参加しようとしているのだから。


 正直な、ありのままの自分を雫さんにはさらけ出そう。


 彼女が勇気を振り絞ったように。





 午後の1時、つまりデートの待ち合わせの予定から1時間も早い時間に、俺は待ち合わせ場所に来ていた。


(やばい、変な服着てないよな? ダサくないよな?)


 一応この日のために、元イケメンの友達である沢村から服を借りていた。


 さすがイケメン、お洒落な服だ、と思って感服したのはいいのだが、ここに来て、もしかして分不相応なのではという気がして不安に陥っていた。


 他にもついでに伸び切っていた髪を少しばかり切り、沢村にセットをしてもらった。

 わざと髪を少し跳ねさせてラフな感じにしてもらったが、それがどうにも根暗な自分の印象に合ってないのではないかという気がする。


 まあつまりどういうことかというと、あと1時間、雫さんにジャッジしてもらうまでの1時間が、苦痛でしょうがないのだ。

 なら早く来るなボケおれ


 悪いなら悪いと言ってほしい。あ、でも気合は入れてきたから恥ずかしい。言わないでほしい。


 待っている間に、一番最悪の場合のシミュレーションをしておく。


 *


「あー! 凪城くーん!」

「あ、雫さんだ」

 

 車から降りてきて俺を見つける。

 それからこちらの存在を確認するや否や、手を振りながら走ってくる雫さん。


 えっほえっほ。


「やー待たせたね凪城くん」

「いえいえ、全然です」


 膝に手を当てて息を切らしている雫さん。急いできてくれたみたいだ。


「ふー、ごめん、ね……?」


 そして顔を上げてこちらを見た瞬間、凍り付く。


「あの、えっと、イメチェンしてみたんですけど」

「あ、ああ!」


 明らかに動揺している雫さん。顔が引きつっている。


「どう……っすかね」

「あーうん……? 似合ってる、似合ってるよ……?」


 *


 きつゥゥゥゥッ‼ お世辞! 一番きつい! 


 どうせならざっくり似合ってないと言ってほしいッ!


 そしてあのままのパターンで行くと、そのまま距離を取られつつお互いに居心地の悪いまま過ごすやつだ。死ぬ、死ねる。


 たくましい自分の想像力に冷や汗をかきつつ、それでも時計は全く進まない。


 平時の自分からしたらかなり奇抜な服をしているためか、周りの視線がこちらを向いているような気がする。


 ――というか、集まっている気がする。


「ね……、チョットっ、あれ誰?」

「わ、わからない、けど……」

「やばっ……!」


 あ、きっついなあ。これ、絶対笑いものにされてるやつやん。


 周りの女子高生のグループがこちらを見て噂話をしているのを見て心が折れそうになる。


 お前らだって、クリスマスイブに男と歩いて無いようじゃ、同じ負け組じゃねえか‼ 心の中で毒づく。


 そんな視線に耐えつつ、待つこと一時間。


 ロータリーに黒い車が停車して、中からきらびやかな女性が一人。


「はぁ、はぁ、待った?」


 そこからダッシュして、目の前で膝に手をついて息を切らすのは雫さん。


 先ほどシミュレートした風景と合致しているからか、背中に寒気がして心臓がバクバクいってる。


「ふー、ごめん、ね……?」


 顔を上げた彼女は、俺の顔を見て目を丸くしていた。

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