第50話 デート

「凪城くん……だよね?」

「え、はい、そうですけど」


 謎の確認を改めてする雫さん。

 その言葉は予想外だったので、戸惑いを隠せない。


 だが、雫さんが次に何も返してくれなかったので、焦らされていた身としては緊張してしまう。


(やべえ、やったかこれ)


 気合を入れすぎてしまって空ぶった可能性が大いにある。

 というか多分そんな感じだ。


 あまりの変わりように、えあなた誰ですかと聞いてこられたのだ。


「あの、やっぱ似合ってないですよね。ちょっと気合入りすぎちゃって、あはは」


 笑ってごまかすが、内心は恥ずかしすぎて燃え上がりそうだった。

 いっそのこと燃え切って灰になりたい。


 そんなことを考えていた俺に、雫さんは顔を背けながら小さく呟く。


「いや、あの、そ、そんなこと……」


 おせ……じ。お世辞だあァァ‼


 イメチェンは明らかな失敗だった。慣れないことをするものではなかった。


「じゃ、じゃあ、い、行こっか……?」


 雫さんという美少女の登場で、周りの目がさらに多くなったことに気付いたのか、彼女は早歩き気味に歩き出した。




(ちょっと、ちょっと、聞いてないんだけどっ‼)


 雫はその一方、動揺を隠せずにいた。


 待ち合わせに居たのはイケメンだった。


(そりゃたしかに、素材はいいと思ってたけど!)


 最初にあったとき、すなわち凛が雫の握手会にやって来た時、たしかに髪形や服装に気を付ければもっと良くなるだろうなとは思った。

 ちょっともったいないとも。


 でも、こんなに化けるなんて聞いていない。


(さっきから、明らかに色目を使ってくる子とかいるし)


 周りを窺う。

 平日だというのに、制服を着て女子高校生たちがこちらを見て何かを話している。


 中には熱烈な視線を送っている女子高生もおり、雫はそれらにがんを飛ばしている。


 と、言いつつも雫は凛のことを直視できていないのだが。


 速足で歩きながら、今日のデートプランを再構築する。


 当初の予定ではサンシャイン水族館に夕方までいて、そこから夕食を食べて告白の流れにするつもりだったが、どうも水族館に二人きりでいて4時間以上も隣を歩ける自信がない。

 というか今の時点でもう息が上がっており、一度落ち着く場所が必要だ。


「雫さん」

「ひゃい⁉」


 凛が急に近くに来て自分の名前を聞いてきたことに、激しく動揺する。

 ある程度イケメンには慣れているつもりだったが、どうやら自分の好きな相手だという条件ととびぬけたイケメンだという条件が重なって、自分でも驚くほど意識しているらしい。


「お、落ち着いてください」

「きゅ、急に話しかけないでよ!」


 話しかけてくるならそのそぶりを見せてほしい。

 振り向いて見たらそこにイケメンがあったら、事故に繋がりかねない。


「すみません……」

「ああ、うん、いいのいいの! で、なんだった?」


 逆ギレの形になってしまったことに反省をする。

 冷静さを欠いてしまっていた。もっと年上の余裕を見せていかないと。


「いえ、その、今日はどこに行くのかな、と」

「ああ、大丈夫、任せて」


 今それを考えていたところだとはおくびにも出さず、必死に頭を回す。


 どこか落ち着ける場所。自分の気持ちを落ち着かせることが出来る場所。

 できれば、その瞬間だけは相手の顔が見えない方が良い。


(いやもちろん見ていたいけど!)


 アンビバレントな感情に自分でツッコミを入れながら、思い付く。


「映画館にしましょう!」




 雫さんと向かった先は映画館だった。


 思ったよりも無難なチョイスだったが、もしかしたら雫さんも仕事が終わったばかりで疲れているのかもしれない。

 あそこなら席に座って落ち着いた時間を過ごせる。


「映画は何にしますか?」

「んー。なんでもいいけど」


 二人で映画館の前でラインナップを確認する。

 というのも、映画館の中で二人で悩んでいると、周りの目が気になるからだ。


 雫さんは、今日はマスクをしているが格好自体は少し華美な方。


 明るい色のコートを羽織っていて、下はミニスカートに黒のストッキング。


 ずいぶんアンバランスなようにも見えるのだけど、それを着こなしてしまうのがすごい。


 そして、首にはカーキ色のマフラー。


 あれ、あれってたしか……。


 気付いた瞬間、顔が熱くなる。あれは、前に雫さんに言われてチョイスをしたもの。


 それを身に着けてくれていたことが、どうにも嬉しくて、それでいてこそばゆかった。


「凪城くん?」

「ふぁい⁉」


 と、そんなことを考えていると下から雫さんが覗き込んできた。


 ちょっ、近いっ!


 なんかふわっといい香りがするし、上目遣いがあどけなくて、やばい……。


「きゅ、急にに近づかないでください!」

「ああ、ごめん」


 本当に、もうちょっと気を付けてほしいと思う。


 今は雫さんがマスクをしているからいいけど、無かったら危うく事故だぞ!


「じゃ、じゃあ、これにしましょうか」


 そんな困惑をできるだけ出さないように気を付けながら、ハリウッドの刑事ものの映画を選んだ。


 ああ、俺まで心を落ち着けなければいけなくなるとは。


 映画館のスクリーンのところまで行ってしまえば勝ちだと(何に対する勝ちかは分からないが)思い、館内に入っていきチケットの注文をする。


「席の方はどうなされますか?」


 俺も雫さんもあまり機械に強い方ではないので、少し恥ずかしながらも有人のチケット売り場で注文をした。


「どのあたりが良いですかね」

「うーん、この辺かなあ」


 雫さんは真ん中より少し後ろの方を指す。

 ちょうど俺もそのあたりにしようと思っていたので、特に迷う必要もなかった。


「じゃあ、このあた」

「先月からカップルシートの導入を始めましたので、良かったらそちらはどうですか?」


 だから店員に希望の席を告げようとするが、その前にかぶせる様にして店員さんが別の提案をしてきた。


「「か、カップルシート⁉」」


 二人してハモる。

 明らかに動揺する俺たちに、店員さんは無表情で説明を続ける。


「はい。そちらの方でしたら、安くなっておりますが」

「い、いや、でもちょっとさすがに」

「こちらのシートは、お互いを仕切るものがありませんので、二人でお好きな体制で映画をご覧になれますよ」

「お好きな体勢って!」

「お好きな体勢……」


 座ってみる以外にないだろ! なんだ、仕切りが無くなってどんな見方が可能になるって言うんだ!


「それに、そちらのシートは他の席とは少し距離がありますから、声さえ出さなければ何をされても……」

「普通の席にします!」


 絶対この店員さんは自分たちをからかってストレス発散をしてるだろ!

 クリスマスに仕事してるからって、こっちに飛び火させてくるんじゃないよ!


「お客様、よろしかったでしょうか?」


 店員さんは、途中から何も言わなくなっていた雫さんの方に確認をする。


 雫さんは俯きながら迷っているようだった。


「し、雫さん?」

「あの、その席の方が安いんですよね!」


 そして、すぐに断るでもなく店員さんに確認をする。


 店員さんは、そこにすぐ食いつく。


「はい。今日はクリスマスですからね。さらにいつもよりお安くなっておりますが」


 ちょっと、雫さん? さっさと断ってくださいよ? 雫さん?


 雫さんはふーっと一呼吸着いたのち、意を決して店員さんに告げる。


「じゃあ、そ、その席でお願いします!」

「雫さぁんッ⁉」


 雫さんがそう言った瞬間、店員さんがニヤッと笑ったの俺は見逃さなかった。


 だが、そんなことより、だ。


 俺はここから二時間どう耐え忍ぶか、そのことについて頭を悩ませていた。

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