第20話 ラジオに

「はいこんばんは~、〇〇放送の鈴木です~」

「みなさんこんばんは。たつみ美麗です」

「はい、というわけでいつものように巽さんの素っ気ない挨拶と共にお送りしますのは、『みれたそのバッサリ毒舌ラジオ』です~。よろしくお願いします~」

「よろしくお願いします」


 陽気な女性コメンテーターの後に続く美麗の声。


 ラジオの収録が始まった。


「いや~暑いですね~」

「ほんと暑い。なんでこんな密室にいないといけないの」

「ら、ラジオですから……」


 がははっ、っとプロデューサーや放送作家の笑い声が大きく響く。


 その声が入ってしまうのではないかと危惧したが、どうやら逆に入れてあげる方が聞いている側も楽しくていいらしい。


「というわけでこの番組は超売れっ子の歌手、巽美麗さんに、お便りをばっさばっさと冷たく切ってもらう番組です」


 そんな番組、需要じゅようが一体どこに生まれるのだろうと疑問に思うが、送られてきたメールの数からみてかなりの需要があるのだろう……。世の中Mの男は尽きない。


 と、そんな俺だが、いまどこにいるかというと、放送ブースの中にいた。外ではなく、中だ。


 分からない人向けに説明すると、ラジオというのは基本放送するためのブースと、ディレクターや音響を調整する人とで別の部屋が存在する。


 互いに透明な仕切りで分けられているためお互いの顔が見えるし、さきほどのように声が聞こえてくることもある。


 だが、放送ブースは基本的には出演者以外は立ち入らないことになっているのだ。


 ではなぜ俺がそんな場所にいるのかというと。


「なんとですねぇ。今回は……スペシャルゲストに来てもらっています! どうぞー!」

「は、はじめまして……。主に作詞、作曲をしています、風城冷かざしろれいです。よろしくお願いします……」

「よろしく」


 こういうことである。


 ――んん? 何故かな? 何故に俺がこんな場所に出て衆目しゅうもくにさらされなきゃいけないのかな?(注、しゃべるだけで顔は映らない)


 たしか俺は〇〇放送にインターンシップにやってきていて。


 なぜか俺が風城冷だとバレていて大きな歓迎をもらい。


 だが一応はインターンシップで来ているので真面目に仕事をして。


 メールの選別や機材の調整をして。


 ああ、そうだ、そこで美麗が来て。


「凛、いっしょにやろうよ、ラジオ」


 なんて言うから。


「いやだ」


 と言ったけど。


「今日はしごと、なんでしょ?」


 なんてことを言われ。


 そして何時間も何時間も何時間も何時間も口論した末に、美麗のマネージャーに「この会社、紹介したでしょ?」みたいに半ギレで言われて、やむなく。


 ――いや、やっぱなんで俺がラジオに出てんだよ。




「さあ、まさかのマスコミ初がこのラジオということでね。どうですか先生、緊張されていますか?」

「え、ええ、それはもう。見たら分かりますよね?」


 あははっ、と突き抜けるようなプロデューサーの笑い声。あ、なんかこれ気持ちいい。自分が面白いことを言ったように錯覚できる。


「冷、緊張しなくていいよ」


 そして本名を出せないということで、いつもは「凛」と呼ぶ美麗も今日は「冷」と呼ぶ。「つめた~い」と呼んだ方が笑い取れないか? 取れないかすみません。


「お二方はずいぶん仲が良いようですが?」


 とここでそういう下世話な話が好きそうな鈴木さんがニヤニヤとしながらこっちを見てくる。


「い、いや、多少仕事の付き合いがありますからね。ほら、みなさんご存知のように、巽さんに曲を提供させてもらってますから」

「たつみさん?」


 キッと睨む美麗。キッと睨まれる俺。


「美麗さん?」

「どうして疑問形なんですか?」

「いや、あの、距離を測りかねてるんですよ」


 いつもは美麗と呼んでいるからか、彼女はとても不満そうだ。たださすがに彼女の名前を呼び捨てで呼んだら、彼女のファンからクレームが飛んできて次の日には刺されそうだから勘弁してほしい。


 鈴木に、まだぎこちない関係であることをアピールしながら、話を進めてもらう。


「それではふつおたのコーナー行ってみましょう! 残念ながら風城先生は完全にサプライズ登場なので、宛て先は全て巽さんですが、先生、お許しください」

「いえいえ、自分も突然ですので。それに、美麗さんがどんな感じで対応するのかも興味がありますから」

「期待にこたえられるように、がんばります」

「俺はなんの期待をしてんのだ」


 ささっと美麗のボケにツッコみつつ、お便りが読まれるのを待つ。ちなみにふつおた、とは「ふつうのおたより」の略称である。


「それではまず一件目。ラジオネーム『虫食い』さんです」

「ありがとうございます」


 美麗の相槌の後に、鈴木さんが読み上げる。


「えー、『鈴木さん、みれたそこんばんはー。初メールです。いつも巽さんの歌声で起きてます。早起きできるのは巽さんの素晴らしい歌声のおかげです。いまは寝るときのお供にこのラジオを聞かせてもらっています。それでは、体調に気を付けて頑張ってください』とのことです」

「ありがとうございます」


 読み終えた鈴木さんはメールを机に置いて、内容の深堀りを始める。


「さあ、毎朝巽さんの歌声で起きているということですが、目覚ましにでもしてるんですかね? どうです、巽さん」

「ええっとあれですね。ありがたいことですが、ちょっと言い方が……。少し引く感じ、でした……。それでも初メールということみたいなので、しょうがないですね。ラジオを聴いてくださってほんとうにありがとうございます」


 こう思ったことを率直に言いたいのを抑えて遠回しな表現を使おうとしていることがこっちにも分かってくる。というか、リスナーにも伝わっている。


 それでも、敬語を使って他人に気を遣う美麗は新鮮で、少し大人っぽくて、こいつも社会人なんだなあと思い知らされる。

 大森先生の時と言い、最近はこういうことが多いな。


「ところで巽さんは目覚まし時計って使います?」

「ええ、携帯のを」

「曲とかかけるんですか?」

「ユーチューブにある冷の動画をろくおんして、あさ流してます」

「おめえだってなかなかなことしてんな!」


 とんでもねえ趣味だった。


 いや、ここ笑うところじゃないからプロデューサーさん!

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