第19話 夏休みに入り

 大学の夏休みは遅くに始まり、そして長い。


 うちの大学は8月に入ってから夏休みに入るし、9月までまるごと夏休みである。


 理由は簡単で、多くのことにチャレンジしやすい環境を整えてくれているのである。


 2か月という期間があればインターンシップに通うことも可能だし、海外に留学りゅうがくすることだって可能だろう。


 かく言う俺も、もう既に大学3年生であるため、今年の夏はインターンシップに行こうかと計画している。


「あわよくば内定もらえないかな~、なんて」


 俺の目指す職業は、IT会社のビジネスマンだ。グーグルのような超大手に就職することは難しいだろうと思っても、それに近しい企業に入りたいと思っている。


 ただ他にも、報道関係の職業も気になっているといえばなっているし、出版関係にも挑戦してみたいなど、希望は尽きない。要するに、まだ迷っているのだ。


 そこでインターンに行くことで、実際の仕事がどのようなものかを経験し将来を決めるのに役立てていく、ということになる。


「と思っているんですけど、どうですかね大森先生」


 そういうわけで大学が夏休みになった次の日に、こうして大学に来て大森先生に相談してみることにした。


 大森先生は経済学の先生で、俺がよくお世話になって信頼している先生だ。


 威圧感のある雰囲気と冷たい性格、そして所々の動作や顔つきに怖がる生徒も多いが、実際は結婚願望が爆発しているただのアラサーである。


「アラサーじゃねえ、30歳だって言ってるだろうが」

「いやそれアラサーです」


 諦めの悪い、も追加しておこう。


「それで先生、どれから申し込めばいいか分からないんです。あと、長期で一つに申し込むべきか、それとも短期で複数のものに応募するべきか」

「うーん」


 気を取り直して話を戻す。


 通常つうじょう、インターンシップとは大きく短期と長期の二種類に分かれる。大雑把おおざっぱに言えば短期が一か月以内、長期がそれ以上といった感じだろうか。

 長期に関してはお金をもらえるところもあるらしい。


 先生は腕を組んで足を組んで、真剣に考えてくれる。態度は悪いが、実はいい人なのだ。


「まあ長期がおすすめだな。一つに絞った方がいい」

「そうなんですか?」

「まだ3年生の夏だからな。どの職業か、っていうより仕事とはどういうものか学んだ方がのちのちにプラスになる」

「なるほど、そうなんですね」


 自分より長く人生を歩いてきた人の意見はとても参考になる。自分では未来にことでも先生にとっては過去のことだ。説得力が強い。


 続けて質問してみる。


「職業についてはなにかありますか? こういう仕事はやめとけ、みたいな」

「職種については特にないが、給料が出るものの方がいいだろうな。元々仕事っていうのはお金をもらって働くことだ。ボランティアでは感じられないこともあるだろう」


 そして言うことがいちいち論理的ろんりてきでこちらとしてもありがたい。

 下手に「どっちでもいい、好きな方を選びなさい」とか言われるより、こうしてしっかり指針ししんをもらえることがどれだけ貴重なことか。


 自分も成人して大人の仲間入りしたかなと思っていたが……まだまだみたいだ。


「ありがとうございます。わざわざ休みの日に相談に乗っていただいて。なんとお礼したらいいか」

「じゃ、じゃあ、私の夫になってく」

「それじゃ失礼しますね」


 危ない危ない、少し尊敬してみたらすぐにこれだ。


 ――美人なんだから、いい加減結婚してくれ……。頼むから。




 というわけで長期のインターンを応募しようとしていたところ、手助けをしてくれる人がいた。


 押しも押される人気シンガー、たつみ美麗さんである。


 彼女は一週間に一度のペースでラジオ番組を行っており、その運営陣に加わらないかと誘いこんでくれたのだ。


 もちろんただでとは言わず。


『つぎのきょく、わたしと一緒につくってほしい』


 という条件付きだったが。


 まあたしかに最近は美麗も作曲のやり方を覚えてきて、俺も初めての経験だし一緒にやりたい気持ちはあったので快諾かいだくしたけど。


「今日から精いっぱい働かせていただきます、凪城です! よろしくお願いします!」


 とはいえ、いわゆるコネによるものなのであまりいい顔をされないかなと思っていたのだが。


「は~い、話は聞いてますよ~! どうもどうも、今回凪城くんの面倒を見させてもらいます、三木みきです。なにとぞ~!」


 と元気よく話しかけられた。


 同時にオフィス内でも拍手が起こり、その場にいる全員が温かく迎えてくれる。


「ようこそ、〇〇放送へ~!」

「待ってました~‼」

「よ、男前!」


 慣れない待遇に少しの嬉しさがあるものの、それ以上に困惑があった。


「な、なんです、これ?」

「いやいや、実はですね」


 担当の三木さんに理由を尋ねると、あっさり吐いてくれて。


「凪城くん、実はあの有名な風城先生だっていうじゃないですか~」

「へっ⁉」


 とてつもないことを暴露した。


 ちょっとまって、いま何を。


「で、僕たち巽さんのラジオを担当しているので、もちろん風城先生の大ファンなんですよ~」


 呆然としてる俺に気付くことなく、三木さんは話を進める。


 後ろでうんうん、とうなずいている人。あるいは感激のあまりハンカチで目を押さえている人。まばらな印象だったが、たしかに大学生に向ける視線ではなかった。


「もう本当に感激で感激で、朝から風城先生作曲の巽さんの歌を聴いてたら、みんなで変なテンションになってしまって。あ、とても見苦しいですね」


 わはは、と笑っている三木さんだが。


 いやいや、待たんかい!


「ちょっと、どこからその情報を」

「それはもう、巽さんのマネージャーさんからですよ」


 当然のことのように言う三木さんだったが。


 それ、そんなに簡単に言っていいやつじゃ……。


「あ、もちろん写真とかは撮りませんし、先生の個人情報をバラまくなんてことはしませんよ。そんなことするやつがいたら、私が首を切ります」


 ひとまずの安心はできたが……って、え⁉


「首を切りますって、まさか三木さん」

「はい、わたくしここの社長です」


 なんだってぇぇぇ! なんで社長がたかだかインターンに来てる奴に直接指導すんだよ!


「いやー、風城先生が来るって言うから、もう担当で奪い合いですよ」


 てへへ、と社長が言うと後ろから「社長、ずるいぞー!」「職権しょっけん乱用ー!」「このデブー!」などという非難の声が飛んできた。いや、普通に悪口言われてますやん。


「そういうわけで、私が担当させてもらいます。仕事である以上、いくら風城先生であっても容赦はしませんぞ?」

「は、はい。臨むつもりです」


 急に真面目な調子に変わる三木さんに気が引き締まる。真剣な顔はたしかに社長と言われて納得できるものだ。


 そして、漠然と思う。


 なんとなくこの会社の雰囲気が好きだな、と。


 上下関係でぎすぎすしたりせず思ったことを言える環境。それでいてけじめをしっかりつけメリハリのある職場環境。


 温かく迎えてくれる人たちに、笑いの絶えない雰囲気。


 ――こんないい場所を教えてくれた美麗には後で感謝しないとな。


 などと思っていたが。


「ということでお願いなんですが、ラジオに出演してくれませんかね?」


 でもあれだ、やっぱり俺のことを教えたのは間違いだ。


「いやです!」


 逃げるように仕事にとりかかった。

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