第87話 新年度

 4月になり大学も始まったが、ほぼほぼ単位は取り終えてしまっているので大学に行くのは週に2日となっている。


 その一方で増えているのは、仕事の方だった。


「失礼しまーす」


 今日はラジオ放送のゲストとして出演することが決まっていた。

 場所は前に美麗と一緒にラジオをしたところだが、今日は美麗のラジオではなく同業の作曲家の野崎遥さんとである。


 彼女はルックスがいいことからテレビ出演も多く出ていて、ラジオの方も人気があるそう。

 そういえば以前に俺のことがテレビで取りだたされていた時も出ていた。


「おー、今日も来てくれたんだね、凪城先生!」

「お久しぶりです、三木さん。ご無沙汰ですね」


 この〇〇放送は自分にとってはホームグラウンドみたいなもので、どの人も気さくに声をかけてくれる。

 すごくやりやすいし、まだ慣れないラジオというものに緊張することがあるけれど、ここに来るだけで多少なりともリラックスすることが出来る。


「まだ野崎先生の方は来てないですよね?」

「そうですね~。あの方はいつも事前に打ち合わせを済ませておくタイプなので!」


 ラジオ前には打ち合わせというものが存在する。

 ラジオをどういう方向で進めていくのかの確認や、台本を渡されての流れの確認だったり、たまにある新コーナーが設立される場合では内容の確認なんかも行われる。


 通常はプロデューサーとラジオの台本を作る放送作家、それに出演者で行うものなのだが、どうやら野崎先生はすでに打ち合わせを済ませているらしい。


「失礼しまーす」


 リノリウムの床が張られた小さな会議室を訪れる。


 すると、親しくしているプロデューサーと放送作家さんとは別に、もう一人いた。

 しかも、俺の知り合い。


「春日井……さん?」

「あっ、どうもっ……‼ 凪城くん……」


 ぺこりぺこりと何回もお辞儀をする春日井さん。


 落ち着いた色のカッターシャツに下はタイトスカートと、この会社内では浮いてしまうほどきっちりとした格好をしている。

 髪の毛がバッサリと切られていて、前にライブで会った時から大きく印象が変わっている。


 というか、前に会ったのはライブのときか……。


「春日井さんはどうしてここに?」


 自分のことへ話が降られるのも嫌だったので彼女のことについて尋ねると、プロデューサーの真鍋さんから説明される。


「彼女はここに研修みたいな形でやってきているんだよ」

「研修?」


 イマイチぴんと来ない内容に春日井さんの方を見ると、恥ずかしそうに俯いている。

 背が小さいのも相まってちょこんとしていて、リスみたいに見えるなってそうじゃなくて。


「何の研修ですか?」


 とシンプルに尋ねてみると、今度は春日井さんの方が小さい声で答えた。


「あの……、わたし、実は放送作家に興味があって……」

「え⁉」


 俺が驚いた顔を見せると、その場にいるプロデューサーと放送作家が笑う。

 春日井さんの方は、さらに顔を赤らめてしまっていた。


「あ、ごめん……」

「い、いえ! 別に大丈夫です。私ってやっぱりそんなキャラじゃないですよね……」

「いや、そんなことじゃ!」

「はーい、そこまで~」


 そこでプロデューサーの方が待ったをかけてくる。


「今からは打ち合わせだから、そのあたりのことはラジオが終わった後に二人で話してね~」

「あ、すみません」「ご、ごめんなさい……」


 二人して謝ると、放送作家さんの方が「ふふ、君たち仲いいねえ」とのたまってくる。


 そのことにさらに顔を赤くしてしまったのは、春日井さんだけではなかった。




「でもまさか、春日井さんにあんなところで会うとは」


 時刻は夜の8時過ぎ。ラジオの収録を終えたところで、春日井さんと夕食がてらファミレスにやってきていた。

 ファミレスと言っても、いつも通りのサイゼなのだが。


 ちなみに俺はイカ墨スパゲッティを食べていて、春日井さんはドリアを小さい口でパクパク食べている。


「えっと、その、すみません……」

「なぜ謝る⁉」

「ご、ごめんなさい……!」


 春日井さんの行動コマンドには、一番最初に「たたかう」でも「にげる」でもなく、「あやまる」が存在するのだろう。

 だが、俺には効果がないようだ……。


「それで、放送作家になろうと思って今はあそこで勉強中、ってことでいいのかな?」

「そ、そうですそうです!」


 ハムスターばりに頭を縦に振る春日井さん。

 おかげで髪が上に下に乱れてしまっているのだけど、多分彼女は気付いていない。


「いや、ほんと、まさかあんなところで春日井さんに会うとは思いもしなくて、びっくりしちゃったよ」

「ご、ごめんなさい……」

「驚いたことにまで謝られるのなら、ドッキリを仕掛ける人は全員謝るべきだよな……」


 ちなみにドッキリで一番嫌いなのは寝起きドッキリ。

 理由は、実際に体験したことが何回もあるからだ。主に琴葉とかあずさとか、あとあずさとかに。

 あいつらは絶対に謝らないけど。


「そういえば、放送作家になろうと思ったのって、何かきっかけでもあるの?」


 そこで、話を振出しに戻す。俺が一番聞きたかったことだ。


「うーん、あ、あんまり、きっかけとかはないんですよね……」

「じゃあ、なぜ放送作家に? ラジオとかよく聞くの?」

「いや、それもあまり……。あ、でも、前に凪城くんがやってたラジオはききましたよ‼」

「そ、そんなに元気に言われても……」


 しかもそれって、あんまりいい思い出がないやつじゃないですか? 主に美麗に質問攻めをされたやつですよね。あれ聞いたんですか……。


 あまりその話は深堀りしないで、話を戻す。


「じゃあ、なぜ放送作家になろうと?」

「それは……」


 そこで、俯く春日井さん。

 何か言いたくないことでもあるような、そんな感じだった。


「まあ、なんでもいいか」


 こちらとしても無理な詮索をして嫌われるのは勘弁なので、コーラを飲みながらお茶を濁す。


 だが、春日井さんは自分に納得が出来なかったようで。


「た、たぶん、あのライブのあとだと思うんです……」


 ゆっくりと話し始めた。

 抑揚がおかしくなっている部分があるが、それは彼女が勇気をもって話し始めたからだろう。


「あのライブって……、もしかして2月14日にあった?」

「は、はい! そうです」


 バレンタインライブ。あのライブに参加した人は、あの日を忘れることは不可能だろう。

 俺にとっては、なおさらだった。


「でも、ライブ? ライブとラジオに何の関係が……?」


 もしかしたら、あそこにいた有名人に近づきたくて、みたいな理由になるかもしれない。

 だけど、春日井さんはそういった理由で仕事をしたいと思うような人間じゃないだろうと、なんとなく感じていた。

 第一、近づきたいというだけなら放送作家にはならないだろう。


 不思議に思っていると、春日井さんはまた話し始める。今度は熱量を持った声で。


「あのとき、凪城くんがステージに立ってたじゃないですか」

「え、俺? ま、まあ一応……」

「それが、きっかけだと思います」


 イマイチ話が見えてこない俺に対して、春日井さんが続ける。


「あの時、凪城くんがステージに立っているのを見て……私、なんか悔しいなって思ったんです」

「悔しい?」

「はい。なんか、こう、自分は何も努力していないのに、凪城くんが輝いてるのを見て悔しいなって」


 変ですよね、と春日井さんは自虐するように笑う。


「自分と同じ大学生なのに、こんなにチャレンジしている人がいて、結果を出して有名になってる人がいるって知りました。しかもそれが、身近にいる人だったから……余計に悔しさや焦りが生まれて……」


 自分と同じ境遇の人間が自分よりも活躍しているということは、自分もそれだけ輝けるチャンスがあるという証左に他ならない。

 だからこそ、春日井さんは何もしていなかった自分を後悔していたのだという。


「それで、私も何か変わらなくちゃって。それで、ずっと興味のあった仕事にチャレンジしようって思ったんです」

「それは、すごいな……」


 行動力が俺なんかとはけた違いだ。

 俺はただ好きで曲を作っていたら仕事をもらえたという感じなのに対し、彼女はちゃんと自分できめて自分で動き出している。


「まあ、とは言ってもまだ駆け出しなんですけどね……!」


 春日井さんは相好を崩して笑う。

 その姿は、今までの腰の低い春日井さんとは違った、とても印象的な笑顔だった。


「俺も、協力するから……ッ‼‼」


 だから、ちょっとでも力になりたいと思っていた俺は、こんなことを口に出していた。


「えっ……‼」

「あっ」


 そして言った後に後悔。

 なんか滅茶苦茶恥ずかしいこと言ってないか?


「あの、あの、別に俺、そんなに役に立てることもないと思うけどね‼ じゃああんなこと言うなよって話だけど‼ えっと、とにかく、何でも相談してほしい、です!」

「ふふっ……。ありがとうございます、凪城くん」


 最後にコメディっぽく終わってしまうのが、やはり俺の悪いところなのだった……。

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