第88話 肉を切らせて……
そして次の週。
「今日は春日井さんから提案されたコーナーを一つ入れようと思うので、選んでください」
順調にラジオ局で働くことが出来ているようで、春日井さんからのオリジナルコーナーというものが出来上がった。
ちなみに今日のラジオは超売れっ子アイドルのあずさのラジオのゲストに呼ばれた俺である。
放送作家さんからA4の紙が一枚渡されたので、中身を確認する。
・歌手と作曲者はどこまで分かりあってる?
――互いに何を考えているのか当てるゲーム。好きな食べ物とか。
・プライベートが謎に包まれた凪城凛の素顔に迫る!
――素顔に迫ることはラジオでは難しいので、いくつか質問をしていって掘り下げる。
・凪城凛の限界にチャレンジ!
――凪城くんにさまざまなお題に挑戦してもらう。即興で音楽を作るとか。
その他10個くらいが箇条書きで羅列されており、どれも工夫がありながらもちゃんとラジオの王道を外していない、という感じだった。
ちゃんと春日井さんなりに勉強をして頑張って作り出したのだろう。
「うん。すごくよくできてると思います」
「そうだよねえ! 僕もかなりいいと思っててさ、それでどれか採用しようってなったんだけど」
「ただ……」
「ただ?」
コーナー自体はよくできている。それはよく分かるのだけど。
「こんなに俺についてフォーカスを当てなくてもいいんじゃないですかね……」
どのコーナーにも俺の名前が入っており、メインパーソナリティはあずさであるはずなのに俺中心の内容になっている。
「というか、そもそもリスナーは大体あずさのことを見に来てるでしょう。僕がここまで出しゃばっても、誰も聞きに来ないですよ」
「えー、いいじゃないですか。せんぱいの独壇場? みたいで!」
そんなことを言っていると隣のあずさが春日井さんの企画書を見ながら言う。
そういえばあずさは野崎さんのパターンとは違って打ち合わせは直前にみんなと一緒にやるらしい。理由は時間がないから、みたいだけど。
「だから、俺の独壇場になるとリスナーが集まらないだろ」
「わたしは需要ありますけどねっ!」
「お前の需要は聞いてねえよ‼」
あずさはわくわくした様子で俺の方を見てくる。いや、そんなキラキラした目をされても。
「い、いえ! 凪城くんの話を気になる人は、い、いると思います!」
だが、あずさに助け舟を出す人間が一人。
今回の発案者である。
「ついったー? で調べた情報によると、凪城くんの裏垢を探しているような人までいるそうなんです!」
「え? ちょっと、それ僕初耳なんですけど?」
「ちなみに、水野雫さんという人らしいです!」
「敵は身内にいたのか……ッ‼」
というか俺に裏垢とかないし。普通に表のアカウントで色々と検索かけてたりするし。
つぶやいたりいいねはしないだけで。
「と、まあ、それだけ凪城くんには人気があるんです! なので、問題ないはずです!」
「え、ええと……」
あまりの熱量に押される。春日井さんは机から乗り出して、必死に訴えていた。
どうやら状況が悪いようだ。最後の頼みの綱と思って放送作家さんとプロデューサーさんの顔を見たが、めちゃくちゃ爽やかな笑顔を引導として渡された。
よし、次の企画は放送作家の年収に迫る、にでもしましょうか!
「じゃあそれでいきましょーっ!」
いつの間にか場を仕切っていたあずさによって、春日井さんの提案した企画は通っていた。
「はい、続いてのコーナーはですねぇ……なんと! ゲストの凪城凛さんについて深く掘り下げちゃうぞ、のコーナーです‼」
「あの、台本に書いてあるコーナー名と違うんだが……」
ブース内には俺とあずさ、そして放送作家とその駆け出しという4人構成になっていた。
本来はあずさ一人で回すラジオなのでアシスタントの人もいない。
「はい、じゃあまず第一問! 凪城凛って、本名なんです?」
「完全に無視したし……。そうですね、本名です」
「はい、次は二問め~。作曲家になったきっかけは?」
「曲を作るのにハマったからです。……大層な理由はありません……」
こうして、はじめはスタッフの方で考えていた質問から投げかけられる。
こういったところで暴走せずちゃんと番組のことを考えて進行するあずさには安定感があった。どこかのなんとか美麗さんとは違って……。
「高校時代に苦手だった科目は?」
「社会全般です。世界史を取ってたけど、カタカナばっかで何も覚えられなかった……」
「あ、わかりますっ! カタカナとかなんちゃらなんせいとか多すぎるんですよね~」
「なんちゃらなんせいって、ごまんといるよな」
当たり障りのないことを中心に、それでも話に乗りやすい内容で質問をしていく。あずさのリスナーには学生が多いというのは下調べの段階で分かっている。
やれやれ、順調に来たものだ。
予定通りの質問ばかりで少しだけ退屈にもなるが、きちんと仕事は果たせているだろう。
「はい、じゃあここからはちょっと深い話にいきましょうっ!」
「えっ」
「はい、まず、好きな女性のタイプを教えてくださいっ!」
「あれ、台本に書いてないんだけど」
おかしい、なんか誕生日企画のドッキリみたいになってる。
なんで俺だけ台本が違うんだと思って春日井さんの台本を見ると、『追加‼‼』と赤線で手書きで書かれていた。あれ、そんな重要な但し書きが、なんで俺のものだけ書かれていないの?
ちなみに春日井さんは真剣なまなざしで、隣の放送作家さんは爆笑している。
ちくしょう。
よし、ここは大人な対応を見せてやる。
「はい、それで好きなタイプはなんですか?」
「そうですね。………………優しい人が好きです」
うわぁぁぁぁああ‼‼ やってしまった。一番当たり障りのない回答第一位にくるやつを言ってしまった。
なんだよ好きなタイプは優しい人って。優しくない人が好きな人とかいるのかよドМかよ。
俺の明らかに逃げな回答に、だがしかしあずさが許してくれることもなく。
「優しい人って、どういう優しさなんです? 甘やかしてくれるとか、親身になってくれるとか、色々あるじゃないですか! あとそれとは別に顔のタイプも聞きたいですっ!」
きわめて自然に。窮地に追い込まれている。
さらりと限定された上に、顔の好みについても話さないといけない流れを作られている。
さすがは場を読む天才のあずさ。って相手を褒めてる場合じゃなくて、早く頭を働かせろ俺‼
「そ、そうですね……。自分はよくだらけてしまうので、優しく叱ってくれる人とか……」
「ほうほう、それでそれでっっ?」
前のめりになってくるあずさ。やめてください、そうやって人を追い込んで楽しむなんて、どっかのなんとか下さんみたいですよ。雪ノ下さんじゃなくて春下さんですよ。俺ガイル読んでない人は読んでくださいね。
じゃなくて。
「た、タイプ……」
そういったことは考えたことが無かった。別にどこか顔のパーツで好きなところがあるわけじゃないし、特定の部分で人を好きになったことはなかった。
仕方なく、過去に散っていった俺の片思い相手のファイルを検索する。
ついでに黒歴史まで圧縮ファイルが解凍されてしまったが、それは置いといて。好きになった人の共通点を考えてみる。
うーん。うーん。
「目が細い人、とか?」
そう言った瞬間、ブース内の空気が固まったのがよく分かった。
あずさはそのまんまるな目を尖らせて俺のことをじーっと見ているし、春日井さんは普段細い目をまん丸に丸くして驚いている。
放送作家さんはその空気を敏感に察知して、台本の方へ目を伏せていた。
あ、あれ? なんか、やらかしたか?
「目が細い人……鈴さんとか、はーさんとかか……」
そしてあずさはなにやらマイクの拾えない部分で呟いていた。
なんとなく、ちょっと黒い部分のあずさが見えたような気がした。
とにかく、ヤバい空気だ。何とかして変えないと。
「……ま、まあ! 高校時代に酷く片思いしてた人は、目が大きかったですけどね‼」
肉を切らせて骨を断つ。その精神で黒歴史を暴露したが、どう考えても俺の骨髄まで大ダメージが入っていた。
全国の電波に乗せて過去の片思いを言うとか、マジで恥ずかしい……。穴が入ったら、ブラックホールにしてから入りたい……。
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