第7話 作曲者、風城冷

 凪城凛 なぎしろりん。作曲者名義、風城冷かざしろれい


 作曲することは基本的にラブソング。


 キャッチーなメロディーは耳に残り、多くの人が口ずさむ。カラオケで歌われる曲の上位に入る。


 歌詞は男性、女性どちらの目線でも書かれ、そしてどちらにも多く共感され話題に。


 作詞作曲、どちらにも才能を見せている。


 ただ、中には批判的なコメントも。


「歌い手がいいだけ」

「あの曲のパクり」

「オタクみたいな曲」


 それらのうち、本人が認めるような批判もあるが、批判があるというのはそれだけ売れた証拠でもある。


 しかし、この業界、つまり音楽界にいるような人間は、風城冷を語るとき「天才」という言葉をよく使う。


 彼は天才だ、彼の才能は天賦てんぷのものだ、と。


 彼の歌詞には、今までありそうでなかった心を余すことなく表すフレーズがあり。


 彼の曲には、なぜだかわからないが人を魅了する何かがある。


 そしてなにより一番注目されているのは、歌い手に沿った曲が書けるということだ。


 巽美麗たつみみれい生田いくたあずさ、白川琴葉しらかわことはは特に多くの楽曲を提供されているが、その声質、雰囲気、ルックスまでも存分に活かす曲に数々のプロデューサーが唸ってきた。


 こいつらには、こんなに才能があったのかと。


 プロデューサーでさえ見抜けなかった彼女たちの魅力を、風城冷は引き出してしまう。


 だから、彼は天才だと言われているのだ。


 実際、彼が何歳でどういう風貌ふうぼうをしていてどんな性格で、というのを知る人は少ないため噂に尾ひれがついて広まっているが。


 ただ一つだけ確実な情報がある。これはこの界隈かいわいにとっては悪い話なのだが、確実なことが一つある。


 それは、彼が仕事を引き受けることはないということ。


 曲を作って誰かに提供、ということはあっても、誰かに提供してほしいという依頼があってそのために曲を作ることはない。


 ……実際には似たようなことが行われているが。


 これには特に深い理由もなくて、彼が仕事として曲を作りたくないというものであるが、それについては広まることもなく。


 ともかく結果として、彼は自由人なんじゃないか、みたいな形で落ち着いている。天才は自由人という先入観もあるのだろう。


 そんなこの界隈の七不思議のひとつとなり始めている彼に、また新たな噂が立つ。


『風城冷が、引退したスーパーアイドル春下鈴音はるしたすずねに楽曲を提供した』


 このことがまたこの世界に激震げきしんを呼んだのは、当人たちの知らないことであった。




美麗みれい、最近は風城さんと会ってるの?」

「うん。昨日もあった」

「そう」


 美麗からの応答を聞くと、はあ、とたつみ美麗のマネージャーはぼやいていた。


(なんであの男は私たちとは連絡を取ってくれないのよ!)


 それは風城冷に対するもの。


 先日も彼の曲で巽美麗に歌ってほしいという仕事の依頼がマネージャーの下に舞い込んできていた。


 ドラマの主題歌、CMソング、はたまたアニメソング。


 そういう仕事の依頼が来る理由はマネージャーにもよく分かっていた。彼の歌を歌っているときの美麗は、いい意味で彼女ではないような雰囲気を纏うからだ。


 時には純粋に恋をする幼い乙女、時には世界の不条理に怒りをぶつける哀れな女性。


 どの一面もマネージャーにとっては知らないものだったし、新鮮なものだった。


 それによっていっそう巽美麗というシンガーのファンになった。


 そういう人間はマネージャーの彼女だけではないはずで、多くの人が彼の曲を通して美麗の魅力に気付いたのである。


 ならば必然、彼に曲を作らせろと来るのである。


(私だって作ってほしいわよ!)


 ただ、表向きに彼に依頼をすることは不可能だと、既に知っている。


 美麗と一緒に彼の家に行って直接仕事の依頼をしたことがあるが、丁寧に断られてしまった。同業者にも同じような対応をしているという。


 だから唯一の頼みは。


(あなたしかいないのよ、美麗!)


 ということである。


 でも本人にはそれが分かっていないようで、気の向くままに彼と会っているだけというのが悩みの種だ。


「また頼んだわよ」

「ん、わかった」


 もう一度、ため息をく。絶対にわかっていないやつである。


 とりあえず今度、菓子折りを持たせよう。

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