第8話 春下鈴音の来訪
『CDが出来たので渡したいんですけど、時間ありますか?』
そのメールを見た俺は一度ため息を
……。
「会わないようにしようって言ったよな⁉」
一人の家にこだまする俺の
「なんだ? 人気出る奴は人の話を聞かないように出来てるのか? あ? そうなんだろ?」
そんなことを思っていると、続けてメールが来た。
『すみませんが、うるさいですよ。外にまで聞こえてます』
……え? 外にまで? 外にまでってどこまで?
そこでまさか、と思いおそるおそる玄関の方に近づいていき、通し穴から外を見てみる。するとそこに映っていたのは。
「おはようございます、
いた。春下さんが、春下鈴音が、いた。
「わぁ⁉」
「そんなお化けに遭遇したような反応をしないでください。というか、早くここを開けてください」
「ちょっ、ちょっとなぜここに⁉」
「いいからお願いします」
何もよくねぇぇぇぇ!
と、というか!
「どうやってここまで⁉ マンション内に入れた覚えはないぞ⁉」
このマンションはセキュリティがしっかりしていて、マンション内に入るには居住者のだれかに入れてもらわないといけないはず……!
「昨日、大家さんに事情をお話ししたら、すぐに通してくださいましたよ?」
あんのじじいィィィ! 俺のプライバシー保護をしっかりやれェ!
「というわけで、早くお願いしますね」
一番大事な「
「それで、また急になんで僕の家に来ようと?」
とりあえずVIPであることに間違いはないので、家にある一番いいお茶(注 ただの紅茶)と一番高級なお菓子(注 一般的な赤福)を用意した。うん、絶対足りてない。
とにかくそれらを置いて、彼女にはソファに座っていただいて俺は座布団に座ったところで話を始めた。
「メールの通りですよ? 曲が出来上がったので聴いていただこうかと」
「……CDなら郵送で送るとか、そもそも曲のデータを送っていただくだけで良かったと思いますが」
「ああ、そうですね! それは思いつきませんでした」
わざとらしく反応する春下さん。これは絶対、確信犯である。
一体なにが目的なのだろうか。
見た感じとして優しく温厚そうな性格だと思っていたのだが、どうなのだろう。とりあえず今回のことでなかなかいい性格をしていることは分かったが……。
「ではさっそく、これです」
そう言ってCDを渡してくる春下さん。真っ白のCDである。
「ありがとうございます。早速聴いてみても?」
「ええ、もちろん」
春下さんの了解を得てからパソコンにCDを挿入する。
実はずっと気にしていたことなので、一刻も早く聴いてみたかった。
イヤホンを耳に当て緊張と興奮を胸に再生ボタンを押す。
――その瞬間から、目の前に春下さんがいるということを忘れてしまった。
「どうですか……?」
さすがに不安もあったようで、俺がイヤホンを外すとおそるおそる訊いてきた。
ふむ、感想か。どうですかと言われても。
「……めっちゃ良かった。本当に……。ありがとう」
曲を提供した当初は想像だけで春下さんの声を曲に当てはめてみたが、その想像を遥かに超えるほどマッチしていた。
高音を綺麗に歌い上げる技術の高さはもちろん、感情が歌詞に全て乗ってこちらの心に直接訴えかけてくる何かがある。しいて言うなら、熱、だろうか。
(これが、引退していた人の歌……なのか?)
そうだとしたら、それはもうはっきり言って天才だ。春下鈴音は天才だ。
目の前にある彼女は、
「それは、よかったです……」
その本人はというと、心底ほっとした様子で胸をなでおろしている。
この際だから訊いてしまおう。
「春下さんは……その、本当に引退していたんですか……?」
だがこちらの質問は意味が分からなかったようで、内容を問い返される。
「というと?」
「いえ、その失礼かもしれませんが……。引退している人のものとは思えないくらい、上手かったんで、どこかで活動をしていたんじゃないかと……」
正直に心の内を明かしてみると、春下さんはふふっと笑う。なんとも
「……どうかしましたか?」
「い、いえっ! なんでも!」
変な人ですね、と笑われてしまう。
「それで、質問に対してですけど、私は本当に引退していましたよ。特に活動もしていませんでしたし、別名義で、ということもないです」
ただトレーニングは続けていましたけどね、とはにかむ彼女。
それとは対照的に、俺の方は唖然としてしまう。やっぱり真の天才だ。
琴葉たちと同じ――と言ってもそれぞれに秀でているところは違うから比較することは良くないが――か、それ以上の才能の持ち主だ。
これは、この曲は間違いなく。
「売れる、と思います。間違いなく、売れると思います。というか僕は買います」
「あ、ありがとうございます?」
真面目に宣言する俺に対し、今度は彼女が戸惑っていた。
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